佐藤晶『冬の秒針』(2012)
「しずけさの粒子」のように、周りの音をかき消してしんしんと降り積もる雪。穏やかな景色のように見えるが、実はそれは、反抗の声を挙げた者が排除された後の静寂なのだという。
「声挙げた者」を配置することで、三好達治の「太郎の屋根に雪ふりつむ」の幸せそうな世界をぐらりと反転させた、怖い一首。一見平和な世界の下に隠された暗い部分を、確実に抉ってみせている。
このような世界への懐疑は、作者にとって単なる思いつき以上のものであるようだ。
今ここにある感触だけを信じると思えば急にやわらかいガム
たしかに街はまちがいさがしの絵に似ていてきみは何度も汗をぬぐった
はじめから持っているわれの喪失感はシャム猫一匹分の質量
「今ここにある感触」の不確かさ。間違い探しの絵のように、あちこちに間違いが潜んでいる街。失う前から持っていた、そこはかとない喪失感。目の前に提示された現実を丸ごと鵜呑みにするのではなく、知的に疑い続ける姿勢が、歌集全体の基調となっている。
語り手を取り巻く人々を描いた歌の中では、
事務書類の遅き二人がS・Sと呼ばれいるらし 一人はわたし
方向音痴 雨の日かさを持っていない 議論をすれば長いS・S
誰のことも振り払えないSさんの青いスリッパ脱げかけている
が印象的だった。わたし(=「佐藤」さん)と、もうひとりの「Sさん」の「S・S」コンビの、不器用さと生真面目さが愛おしい。
その他、好きな歌を挙げておく(棚木さんhttp://www.sunagoya.com/tanka/?p=8919とはほとんど選がかぶらなかった)。
合言葉わすれたわれを取り囲みいま満開のさくら崩壊
どのようにしてか骨みなたたまれて折りたたみ傘あやめのごとし
銅板は闇の冷たさ聖なるものは踏まれるために来たのだろうか