吉野 裕之


雪をつむ喫泉の先へ伸びあがり口づくる子の足もとも雪

春日井建『水の蔵』(2000年)

 

童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり

 

いうまでもなく、春日井建の最初の歌集『未青年』(1960年)に収められた一首である。『未青年』は17歳から20歳までの作品を収めた一冊。作品の完成度の高さとともにあるこの明るさ、この輝きが、春日井の大きな力だと思う。

 

行く先はすでに晩秋わづかなる情報のみに税関を出づ

立体交叉の路面光れり行く雲に日をしばしばも失ひながら

高く低く噴く水の差異うつくしき均衡を保ちつつ崩れざる

わが前の視野のかぎりの水の蔵ことばを収めただ鎮もれり

季了へて枯るる葦群わづかなる起伏をもちて沢はつづける

闇のうちにもみずからの色失はぬ黒き岩塊が水際にならぶ

母が起きわれは眠らなあかときの厨に塩の大き壺冷ゆ

 

『水の蔵』から引いた。『水の蔵』は、著者40代後半の作品を収める一冊だが、この明るさ、この輝きは変わらない。空間や時間の、いわば構成の巧みさ、といったらいいだろうか、こうした構成の確かなありようが、つまり作品の完成度の高さということだと思うが、年齢を重ねるなかで厚みを加え、読者の前にある。

 

雪をつむ喫泉の先へ伸びあがり口づくる子の足もとも雪

 

モノクロの写真を思わせる、美しい一首。最初と最後にそれぞれ「雪」を置き、あいだに「子」の描写を置く。喫泉につむ雪。足もとの雪。表現されている雪はこれだけだが、おそらく情景全体が雪だと思う。

小さな公園だろうか、雪のなかで水を飲む「子」。「伸びあがり口づくる」という描写がやわらかだ。男の子か女の子か、いくつくらいの子なのか、それはわからない。しかし、「子」に向けられた春日井の視線が、やさしい。「伸びあがり」「口づくる」「足もと」。「子」を包み込むような視線。雪や水という冷たい素材を詠みながら、なんだかとても暖かい。

春日井のなかで変わらないのは、明るさと輝き、そしてやさしさだ。