佐藤 弓生のアーカイブ

元日すでに薄埃あるテーブルのひかりしづかにこれからを問ふ

オリオンはさやかに高しわれ二十歳みにくけれどもおもてを伏せず

マンホールの蓋を持ち上げ残雪を捨てて世界はまた春になる

角砂糖角[かど]ほろほろに悲しき日窓硝子唾[つ]もて濡らせしはいつ

よろこびが引いていくとき湖面から静かに現れる人力車

眠る間にすべてを忘れますように 百合の香りがしている廊下

あかときに目覚めし人は隣りゐる老女の貌を見るにあらずや

欄干[らんかん]に雪のふちどりこの夜はなんという劇の幕間[まくあい]であろう

鈍いひかりの空から音もなく落ちる……トナカイ その後 橇 マスタング

はしがきもあとがきも無き一冊を統[す]べて表紙の文字の銀箔

石の肌は(かつて内部であつたこと)舗道に冬のひかりをかへす

脱ぎてある君のYシャツ腕まくりしたままなれば解きてやりぬ

婚解きしこと語り終え白ワインボトル二本を友と空けたり

そして冬、虚[そら]もそぞろにしぐれ降りなにもなき日を鎮もる家群

青ふかく引かるるままに落ちてゆく からだしづかに浮かびはじめぬ

圏内に囚われ住まう禽獣の自死の思惟なき眼[まなこ]あかるし

消し去るための過去などあるな君の部屋のグランドピアノ黒鍵ばかり

大おつとせいの鳴声みちたり益良雄のこらへかねたる酔泣のごと

ひとりぶん伏せて置かれたお茶碗がちいさいものを匿う夜だ

無音なる世界にをればわが耳は常人のごと健やかなりぬ

きらきらと衰え朽ちてゆくものを見よと指さす、指も滅べよ

銭湯が飯屋に化けるその町に黄花コスモス盛りなりけり

さまざまなわれを束ねてわれはあるわれのひとりが草笛を吹く

深呼吸は猫抱きしめて 猫の体[たい]遠くなつたり近くなつたり

透きとほる袋を揉んで買ひしもの老爺はひとつひとつ詰めをり

君が今どこかで濡れている雨がここにも降りそうで降らなくて

松の樹におまへも立つたまま老いてみるがいいさと見下ろされたり

ひとりきてひとりたたずむ硝子戸の中の青磁の色のさびしさ

足早のギマールが地下鉄に乗るまでを確かめ秋かぜの中

クロアゲハ横切る木の下闇の道 許せなくてもよいのだ、きつと

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