2010年08月のアーカイブ

覗(のぞ)いてゐると掌(て)はだんだんに大きくなり魔もののやうに顔襲(おそ)ひくる

パブロ・ピカソさんらんとして地に死ぬをありあけの馬は見て忘れけむ

朝ごとに光のほうへ右折するバスの終点に行きしことなく

少年期のわが虐待を逃れ来し蝶かも知れずこの襤褸の蝶

キャンパスの全禁煙など説くありて正しきことはただにぞ寒き

仕事場の/小さい窓から覗かれる/灰色の空が自分の心だ

長居すれば住んでしまふと思ふのか飯食へばすぐに息子帰れり

コスモスを見てゐるのではなかつたと揺るるコスモス見ながら気づく

今日こそは言わねばならぬ一行のような電車が駅を出てゆく

七回忌の姑(はは)夢に来て機嫌よしなぜか私も死にたくなりぬ

蟬たちの呻吟にけふの陽(ひ)は揺れて千年前のたそがれに逢ふ

睡りゐる麒麟の夢はその首の高みにあらむあけぼのの月

学生帽目深くつけて歩(あり)くとき樹木のごとき思ひぞ我ら

空間に半開きの扉(と)のある夢を怖れて時に現実(うつつ)に見たり

人の声渦巻く中に眼つぶれば笑うというより咲いている君

日昏れ来る 黒き帽子をかむりたる紳士の群れの降り立つやうに

日常という重圧につぶされてもう開かざる勝鬨橋(かちどきばし)も

子らははや遊びを止めて色赤きビニールプール西日に乾く

おのづからなる生命のいろに花さけりわが咲く色をわれは知らぬに

くしゃくしゃな引越しの荷の中に見し妻が旧姓のあるペンケース

くちづけにいたらぬとほき恋ありて慈姑(くわゐ)を食めるときに思へる

みんみんといふ蟬のこゑ身にしみて聞きゐし午睡(ごすゐ)以前の世界

対岸も此岸もしげき蝉のこゑわれはこの世の橋わたりゆく

家近くなりて次第に不機嫌となりゆく吾の心あやしも

おもむろに四肢(しし)をめぐりて悲しみは過ぎゆくらんと思ひつつ居し

ふり仰ぐ一生(ひとよ)半ばの夏空をよろこびとせむ 私(わたくし)祭

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