首とわかるまで網棚をころがりてゆくむこうまでゆく

高瀬一誌『高瀬一誌全歌集1950-2001』(2005年)

 

高瀬一誌は、1929年12月7日に生まれ、2001年の明日5月12日に71歳で死去した。

この人は、ほんとうは俳句をつくりたかったのではないか。全歌集を読んでそんなことを思う。ことばの手ざわりが、短歌より俳句に近いのだ。そういう作品が多い。たとえば、上に掲げた一首を見よう。『火ダルマ』に収められた作だ。電車の網棚を転がってゆくものを<わたし>が見ていたら、それは首だとわかった、と歌はいう。こわい。おもしろい。首は、人間の生首だろう。妄想の歌とも読めるが、現実にあり得る光景だ。あらゆるタイプのテロや犯罪が報道されるいま、こんな事件が起きても不思議はない。近未来を予言しているようだと感心しつつ、しかし、短歌形式でいう必要があるのだろうか、と一方で思う。

 

歌が提示するのは、「首」が「網棚」を「ころがる」という三点だろう。季節、時間、場所、<わたし>の感慨などはいわない。作者が伝えたいのが、いま上げた三点だとするなら、たとえば、<網棚をころがってゆく首ひとつ>という三句十七音の無季俳句では駄目なのか。仮に<網棚をころがってゆく冬の首>とでもすれば有季俳句となるが、高瀬作にない要素が入ってしまうため無季の形で考える。

 

首とわかるまで網棚をころがりてゆくむこうまでゆく  (原作)

網棚をころがってゆく首ひとつ              (改作)

 

どうだろう。原作を読んで感じたおもしろさ、味わいは、改作でも同じように得られないだろうか。少なくとも、私は得られる。原作にあって改作にないのは、首と「わかるまで」見ていた点、「むこうまで」ころがった点だが、そういうことは改作からおのずと想像されないだろうか。

 

もともと俳句はイメージを提示する詩型だ。イメージの閃きを示して、あとは読者の想像にゆだねる。余計なことはいわない。それに対し、短歌は閃きを提示するだけでは済まない。提示に加え、何らかの落とし前をつけなければいけない。あるいは、ことばを引きのばし引きのばしして、韻律のうねりでイメージを伝えなければならない。高瀬の一首は、イメージの提示のみで仕上げている点で、俳句的なのである。また、韻律の上では、五句三十一音としての短歌ではない。いわゆる自由律だ。<首とわかる/まで網棚を/ころがりて/ゆくむこうまで/ゆく>と、6・7・5・7・2音に切ってみることに、さして意味はないだろう。

 

じゅうたんのざらざら感覚をこの頃はおぼえたり     (原作) 『レセプション』

じゅうたんのざらざら感をおぼえたり            (改作)

さかさまにすれば魚から水は出るものたっぷりと出る  (原作) 『スミレ幼稚園』

さかさまにすれば魚から水が出る              (改作)

 

「この頃は」「たっぷりと出る」までいわなくても、三句十七音でじゅうぶんではないのか。高瀬一誌という作家は、私にとって一つの大きな謎である。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です