上海は雨けふも雨、午後四時の気象通報おもひだしてる

黒沢忍『空洞ノ空KUU』(2013年)

 

二冊を合体させて一つの歌集という、遊び心いっぱいの歌集が生まれた。双子の歌集とよぶべき二冊だ。

黒沢 忍歌集『空洞ノ空KUU』
浅川 洋歌集『空洞ノ洞DOU』

文庫本を横にした、こぶりなサイズである。黒沢歌集の表紙には「空」という字が白地に黒で大きく描かれ、浅川歌集の表紙には「洞」の字が同様に描かれる。二冊を縦にならべると、「空洞」という字があらわれる仕掛けだ。二冊を合体させたまま表紙をめくると、さらに楽しい。左右のページに一首ずつ歌があらわれる。

 

マンションの一
番たかい階に行
くサルも見つめる
夕陽に逢ひに

 

水面にひかりの
モナドわきあが
り冷たい風にな
るのを見ていた

 

一首目は表紙の裏にあたる右のページいっぱいに、二首目は左のページいっぱいに、それぞれ七字詰め四行の縦書きで印刷されている。ここでは横書き表記しかできないので、頭の中で縦書きにされたい。一文字の大きさは3センチ四方くらいだ。一首目は、行の中央で横一直線に並ぶ「ョ」「い」「見」「逢」が、字の中央でまっぷたつ、上下に切断されている。二首目の切断ぐあいも同様だ。二つの歌集をくっつけてはじめて、歌が完成するのである。歌集を読んでいくと、一首目が黒沢作品、二首目が浅川作品だとわかる。

 

奥付に飛ぼう。発行は「二〇一三年九月十四日」。生まれたてほやほやの「空洞」だ。黒沢歌集は、「日月叢書 第四十九番」。浅川歌集も「日月叢書 第四十九番」。二冊で一冊ということを、叢書番号が宣言しているのである。合体してはじめて本来の姿になる歌集。これほど読み手を楽しませてくれる歌集も珍しい。

 

という事情により、本来は二冊の歌を同時に紹介すべきなのだが、一首を鑑賞するという本欄の性格上、きょうはまず黒川作品を冒頭に掲げた。

 

〈上海は/雨けふも雨、/午後四時の/気象通報/おもひだしてる〉と5・7・5・7・7音に切って、一首三十一音。「気象通報」は、気象庁が発表するもので、ラジオではNHK第二放送が日に三度、9時10分、16時、22時に放送している。「○時○分になりました。気象通報です。気象庁予報部発表(中略)。まず、今日○時の各地の天気。石垣島では――」と始まるあれだ。那覇、南大東島、から根室、稚内と日本を北上し、ホロナイスク、ウラジオストクを通りソウル、ウルルン島へ、そして北京、大連、青島、上海、とくるころには、放送開始から7分ちかく経っている。

 

午後四時の放送では、そういえば上海は雨だといっていたな、きょうも上海は雨なんだな、と〈わたし〉は思う。「気象通報」は、エキゾチックな地名がつぎつぎ出てくるところが魅力的な番組であり、一度でも耳にしたことのある人は、「上海」「午後四時の気象通報」ということばから、アナウンサーの独特な口調を思い出すだろう。〈わたし〉にとって、上海は思い出の場所かもしれないし、「ここではないどこか」として憧れを感じる場所かもしれない。シャンハイ、という響きはうつくしい。〈わたし〉のこころに寄りそって、読者もまた遠くのシャンハイに思いをはせるのである。

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