都築 直子


まつぼくりきのうひろってきょうひらきいえあだだかいゆぎもまんがい

マルタ・モライス 日本歌人東京歌会詠草(2006年12月)

 

短歌の読者として思う。日本語以外の言語を母語とする作者の短歌を読んでみたいと。気が付いたときには日本語をしゃべっていた人ではなく、大人になってから日本語を習得した人の書く短歌。それは、日本語母語話者の書く短歌と、違うのだろうか。それとも、あまり違わないのだろうか。

 

世界では、とりわけ西洋言語の間では、母語でない言語での表現活動はあたりまえに行われている。ハンガリー語母語話者のアゴタ・クリストフは、フランス語で『悪童日記』他の小説を書いた。こうした例は枚挙にいとまがない。日本語と非日本語の間でも、短歌以外の分野では、すでに名の知れた書き手がいる。ノンフィクションではマーク・ピーターセン、小説ではリービ英雄や楊逸、詩ではアーサー・ビナード、俳句ではマブソン青眼といった名前がすぐに浮かぶ。米語、中国語、フランス語などを母語とするこの表現者たちは、日本語のすぐれた書き手であり、日本語の著作で一家を成している。残念ながら今のところ、短歌の分野でかれらに匹敵する名前は浮かばない。

 

冒頭に掲げる一首は、私がふれた数少ない非日本語母語話者による短歌だ。作者のマルタ・モライスは、ポルトガル人女性で、当時一橋大学大学院に留学し、宮沢賢治を研究していた。たまたま日本歌人の会員と知り合い、誘われて何度か歌会へ参加した。

 

〈まつぼくり/きのうひろって/きょうひらき/いえあだだかい/ゆぎもまんがい〉と5・7・5・7・7音に切って、一首三十一音。宮沢賢治の世界に通じる歌だ。松ぼっくりを〈わたし〉は昨日拾い、それは今日ひらいた。いま家の中は暖かい。外には雪が盛大に降っている。こうした情景を、平仮名だけを使い、「あだだかい」「ゆぎ」「まんがい」と東北ことばを交えて、詩情たっぷりに描く。ポルトガル語母語話者というより、作者その人の個性を感じる。歌会詠草から、さらに二首紹介しよう。

 

裏表ちくちく赤く秋こころ麻一枚に細道あゆむ    マルタ・モライス

くもりぞら鉢の草ばな種もささげ知らぬ不変を祈りつづける

 

一方、「短歌往来」に2012年から十回にわたり「スペイン通信」を日本語で書いたスペイン人のラウル・ゲレロは、「心の花」に出詠している。

 

朝顔を滑り降りたる露の玉の如くに頬を涙伝い落つ

ラウル・ゲレロ「心の花」2011年11月号

ノエルかなモーテル迄の同行はネオンの空の弱き月だけ

 

モライスとゲレロは、日本文学研究の留学生であり、ふつうの日本人は足元にも及ばぬ古典文学の専門家だ。短歌作品には素養が反映される。では、文学志向のない日本語習得者の短歌はどうだろう。

 

「短歌研究」2010年11月号の特集「日本語から遠くはなれて短歌を思う」に、水城春房はこう書く。〈中国の広東省のとある街で、日本企業で働き、ある程度は日本語を繰る若者達へ、退屈凌ぎに短歌を教える塾(授業料はなし)を開いたら、十人ほどが集まった。(中略)思いのほかの短期間に、彼等が短歌的発想のコツを会得したことには、心底驚いた。遠い、安徽省から働きに来ていた青青ちゃんという十六歳の小姐(女の子)が、このような歌を作って、私を唸らせた〉。

 

〈さみしさが私を食べてしまうからいつか私は消えてしまうの〉

 

私も唸った。日本人が作る短歌と変わらない。作者を知らない人に見せて、「いかにも日本人的感性だよね、こういうの」といったら同意されることうけあいだ。引用歌に続けて水城はこう書く。〈このことは、「短歌」という詩形式が、かならずしも、日本人固有の感性による抒情詩でないことを意味しているのではなかろうか。と、いうより、人類全般での通有性であろうと判断された〉。

 

水城の説を支持したい。でも仮説は実証されなければならない。青青ちゃんの歌をもっと読みたいし、他の作者の歌も読んでみたい。
外国語として日本語を習得した作者たちの歌よ、出でよ。