よきお年をと言ふに自信のあらずしてわれの声音は曇りてしまふ

北沢郁子『道』(2013)

 

北沢郁子は1923年生まれの歌人。九十歳で出されたこの歌集は第二十一歌集である。本音をさらりと表しながらとても寂しく余韻の残る歌だと思う。

まだ私のような年齢ではこんな感情はわからないでしょう?と言われてしまうかもしれない。しかし私は年齢を重ねた人の歌が好きである。身体の変化、気持ちの変化を客観的に見つめ、そこから命の営みをみつめている歌にとても魅力を感じる。

 

相手に「来年もよいお年を」と挨拶され、咄嗟に「ええ」とでも返答する時に声音が曇った。もしくは、相手にそのような挨拶をしながら、自分の声は何か元気のないものだったかもしれない。自分の自信のなさに作者はあらためて気づかされたのだろう。

 

誰だってそうかもしれない。若くても明日には何が起こるかわからない。それでも他人の前では気負う元気さはまだある。それすらも危ぶまれるような自信の無さに、作者は自ら傷ついてしまったのかもしれない。

 

言葉ではどんなに繕って表現しても「声」というものは嘘をつけない。一言の「うん」でさえ、喜んでいたり、戸惑っていたり。親しい人ほど伝わってくることがある。何気なく出てしまった自分の声が、自分の本心を教えてくれることもあるのだ。

 

『道』にはこんな歌もある。

 

「可愛がりすぎて人形の首が抜け」子供カルタの一枚今に記憶す

壊れたる人形持ちて泣く女の子の絵札を父はわれに取らせき

 

 ちょっと残酷な子供カルタ。楽しんでいたのは父のほうだったかもしれない。

 

 

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