曾根好忠『後拾遺和歌集』秋上・273(1086年)
*蓬に「よもぎ」、杣に「そま」のルビ。
さて曾根好忠である。天才と呼ばれる一方、奇人・偏屈と貶められる平安中期の歌人。丹後掾(たんごのじょう)、丹後の国の下級役人であった時代があり「曾丹(そたん)」とも呼ばれた。『古今和歌集』に完成した和歌の世界を、新奇な用語や語法を取り入れ、百首歌や毎月集という一日一首の歌日記的な三百六十首和歌など新しい連作形式を生み出すことによって後の王朝文化最盛期へとつなげる働きをした。定家はじめ中世歌人にも大きな影響をもたらす。
「鳴けや」、「鳴け」が、まず大胆である。ここで切れる。初句切れが爽快だ。ただ、この表現には前例がある。「鳴けや鳴け高間の山のほととぎすこの五月雨に声な惜しみそ」(『拾遺集』よみ人知らず)――梅雨の雨の季節のほととぎすの鳴き声を、曾丹は秋のきりぎりすへ転換した。
そして肝心なのが「蓬が杣」。杣は、材木を伐りだす山、木を指す。杉や檜のようにまっすぐに伸びた大木、その林立した山を想起するが、ここでは蓬、せいぜい一メートルにもならない草である。草餅に使うあの蓬だ。蓬が大木の山のようにみえるのは、きりぎりすの視点だからだ。ミクロの視点から発想、だからこそ「げにぞ」と大げさに感情をあらわにする。
「蓬が杣」については、藤原長能(ながとう)、この人は『蜻蛉日記』の作者の弟だが、「狂惑のやつなり。蓬が杣といふ事やある」と言ったと『袋草紙』にある。「狂惑」は、常軌を逸したこと。昔でいえば「かぶき」であり、最近では「ロック」か。
「げにぞ」も和歌には珍しい俗語、口語的な表現だ。ちなみにキリギリスは、古典の世界ではコオロギである。
天衣無縫、豪胆にも思える表現、そしてキリギリスへのメタモルフォーゼ、どこか絵の中の世界へ迷いこんだかのような酩酊感があるのだが、その底に寂しいものがあることも確かである。杣は、仙に通じないだろうか。沈痛な隠遁への憧れがこもっているように感ずるのは思い過ごしだろうか。いたずらに大仰に言ってはみたものの、という気分を感ずる。
ねやの上に雀の声ぞすだくなる出で立ちがたに子やなりぬらむ 毎月集 春 三月中
蟬の羽の薄らごろもになりにしを妹と寝る夜の間遠なるかな 夏 五月中
妹がりと風の寒さに行くわれを吹きな返しそさ衣の裾 秋 九月中
乱れつつ絶えなば悲し冬の夜のわがひとり寝る玉の緒弱み 冬 十月下
「好忠集」の「毎月集」から。想像力と美意識は、決して古びてはいない。