松村 由利子


白抜きの文字のごとあれしんしんと新緑をゆく我のこれから

          安藤美保『水の粒子』(1992年)

 

新緑の美しい季節になると、この歌を思い出す。

「白抜き」というのは、印刷や染織の世界で用いられる言葉で、文字や模様を白く抜くことを指す。私は新聞社に入って、見出しには活字だけのものと、地紋や黒い地に活字を白抜きにした見出しの2種類があり、それぞれの効果に応じた使い分けのルールを教わった。

黒い四角にゴシック体の活字が白く抜かれた見出しは、見る者に強く訴えかけてくるが、この歌の「白抜きの文字」は、明朝体あるいは教科書体のようなやさしさを感じさせる。満ちあふれる「新緑」から、「白抜きの文字」で書かれた、この作者の将来が浮かび上がってくるような、伸びやかで美しいイメージだ。

どこまでも広がる「我のこれから」を夢想した作者は、24歳で亡くなった。山の転落事故であった。遺歌集はどんなものであれ悲しいものだが、作者が亡くなった翌年に刊行された『水の粒子』は、全編若さにあふれており、何度読んでも胸が塞がれる。

作者自身の「これから」は断たれたが、遺された歌はずっと愛唱されるに違いない。

 

君の眼に見られいるとき私(わたくし)はこまかき水の粒子に還る

ずいずいと悲しみ来れば一匹のとんぼのように本屋に入る

寒天質に閉じこめられた吾(あ)を包み駅ビル四階喫茶室光る