松村 由利子


蝉時雨見えざる壁を作りてはその内側に鳴き注ぎたり  

        徳力聖也『話の抽斗』(2015年)

 

命の限りに蟬が鳴く季節である。九州出身の私は、ミンミンゼミの鳴き声を聞くと「ああ、東京にいるんだなあ」と思ったものだが、沖縄・石垣島に移り住んだ今は、再び「ワシワシ……」と鳴くクマゼミに囲まれている。

蟬の鳴き声を題材にした名歌は多いが、それを聞いている作者の思いが詠われている場合が多く、この歌のように鳴き声そのものを大胆にとらえたものは珍しい。

分厚い壁を作るような音量で、蟬が鳴く。人間はあらゆる自然を収奪し、ほしいままに開拓してきたが、この壁にはたじろがされる。蟬には蟬の世界、テリトリーがあり、人間の介入を拒むように一心に鳴いている。

見えない「壁」を見て、さらにその「内側」を思い浮かべる作者の感覚には、脱帽するほかない。しかも、圧倒されるばかりの大音量の鳴き声を流体のようにとらえ、「鳴き注ぎたり」と収めた。まるで、自らの命を注ぎ込むような迫力がある。