山中に木ありて木には枝ありて枝に一羽を止まらせている

石田比呂志『冬湖』(2017年・砂子屋書房)

 

『冬湖』は、石田比呂志の最終歌集。七回忌にあたって阿木津英によって編まれた。作者は生前、どこからが本当なのか、煙に巻かれてしまうような噺家顔負けの話し上手だったが、『冬湖』も最後まで言葉を巧みに操っている。【湖に浮く鴨と湖岸にふくだめる鴨あり湖に浮く鴨寒し】【如月の風吹く湖に着水の鴨あり戻り来ぬ鴨のあり】をふくむ絶詠があり、晩年の寂寥を短歌形式に刻んでいる。また「孑孑記」と題する未完の自伝は、地方素封家の没落の物語は、講談を聞いているような石田節だ。

 

引用の歌は、「未定稿歌抄三十九首」として巻末に収められた中のものである。この一連は、作者にしてはカジュアルな内面を晒している歌が多く、わたしはしみじみと読んだ。山は、獣や虫や草や苔など、たくさんの生物を抱き込んでいる。その一つとして歌は鳥を描いている。大きな自然に、「一羽」が「そこにいてよいのだ」と承認されている。鳥は居場所を得ている。居場所=存在は、作者がながく求めたものであった。

 

あぱーとの窓を開きて夕空を一人眺めている男あり

足二つ歩み来りて理髪屋の鏡の中にしばらく映る

 

静かで寂しいが、自己肯定の安らかさが感じられる。