くしゃっ、って笑うあなたがまぶしくてアップルパイのケースさみどり

野口あや子『くびすじの欠片』(2009年・短歌研究社)

 

この歌だけをみれば、「あなた」は友達とも考えられるが、前後の歌からすると淡い恋愛感情だろう。アップルパイをプレゼントされた。あるいは、明るい街の喫茶室でお喋りを楽しんでいる。恋人というにはちょっと間のある感じである。笑う表情を「くしゃっ」というオノマトペで表している点、とても鮮やかな印象を残す。

 

一般に短歌作品の登場人物は、実生活で人はそんなに笑うのかと思うほどよく笑う。しかし、笑顔の表現は案外むずかしいものだ。画一的になってしまう。この歌の「あなた」は照れたのか困ったのか、大笑いするでもなく、一瞬表情を崩す。オノマトペが「あなた」の心の揺れを、解釈を加えずにそのまま伝えている。

 

オノマトペは、言語化以前の内容を、音の感触をもって伝える。説明的ニュアンスを避けることができる。だが、どういうわけか、作歌の手法としてマニュアル化されたオノマトペはあまり面白くない。両者の違いがどこにあるのかわからないが、掲出の歌は、実に自然に、「あなた」の表情や「あなた」との関係を捉えている。

 

やわらかな日差しのなかでにょにょにょにょと寝起きみたいなソフトクリーム

くびすじをすきといわれたその日からくびすじはそらしかたをおぼえる

もういいね許していいね下敷きを反らせてみたら海に似ている

 

読んでいると、若い日々には誰でもが感じていたであろう、鋭敏な身体感覚が思い出される。ただし、誰でもが、誰でも感じることを表現できるのではない。