光森裕樹


中学生のカップルねむるシアターが映し出すマイケル・J・フォックス

西村優紀「平凡な暮らし」(『北大短歌』第五号:2017年)


(☜8月30日(水)「学生短歌会の歌 (7)」より続く)

 

学生短歌会の歌 (8)

 

映画館に中学生のカップルを見つける。すこし背伸びをして外国映画を観に来たわけだが、映画がはじまってしばらくするとふたりとも寝てしまう。おそらくは主体の横か前方にいるであろう中学生カップルの寝姿が、スクリーンの淡い光に照らされてちらちらとする。画面には、マイケル・J・フォックスが大きく映し出される――
 

上映されている映画が何か分からないが、マイケル・J・フォックスが主要な役を担当し、かつ今でも(再)上映される作品となるとやはり「バック・トゥ・ザ・フューチャー」になるのだろうか。タイムスリップを扱う作中で描かれた未来は2015年10月であり、すでにその時代を迎えたことがちょっとしたニュースにもなったので、再上映されたのだろう。
 

主体の年齢は分からないが、二十代以上と考えるとおそらくはかつて映画館や家でその映画を観たことがあると考えていいだろう。一方の中学生にとっては、マイケル・J・フォックスの出る映画を観るのは初めてと考えるほうが自然な世代である。何よりも、デートで映画を懐かしむには若すぎる。
 

ある一定の年齢を越えた世代には、マイケル・J・フォックスという俳優にある種の感慨を感じるものだ。テレビで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズが放映されることは多く、その名前を多くの人が知っていた。その後、マイケルが難病の発症により俳優活動を退くことになったときには、私自身、ひどく驚いた。映画のように時を越えることができればその病を…とも思ったファンは多かったのではないだろうか。
 

撮影時には二十代であったマイケルは主体の年齢に近かったはずだが、俳優としては低めの身長も手伝って、作中での高校生という設定はとても自然に見えた。むしろ、館内で眠る中学生に近い年齢設定だとも言えるが、それは意味もなく一首に引きつけすぎる読みになる。
 

けれども、今、映画館でマイケル・J・フォックスがスクリーンに大きく映し出されることを短歌にせずにはいられない主体と、彼が俳優活動を停止した以降に生まれた中学生カップルには、やはり決定的な時代の差があるように思う。
 

映画館での中学生カップルの微笑ましさと同時に、時間というものがとめどなく過ぎていくことの無常が一首に漂う。
 

時代を遡っても未来に行っても、作品のなかのマイケル・J・フォックスは歳を取らなかった。
 
 

(☞次回、9月4日(月)「学生短歌会の歌 (9)」へと続く)