不安げなる顔して病室に入りくるむすめよここだ父はここにゐる

一ノ関忠人『帰路』(2008年・北冬舎)

 

病臥入院中の父をたずねてきた娘に呼びかける感情が真直に歌われる。「不安げなる」からは、何か重大な気配を感じながらも、事態を呑み込めない年齢の娘が想像される。また、複数の人の横たわる病室なのだろう、「ここにゐる」からは、両手を広げて娘を迎え入れる父の胸の深さとともに、ドアに立つ娘と父との間に保つ距離が感じられる。「ここ」の繰り返しは、「不安」をしっかりと受け止めようとする、存在としての父を思わせる。

 

戦後の家父長制の解体とともに、<父>は一家を支える大黒柱としての権威を失った。同時に父自身も、家から解放され、明るい民主主義的父像のもとに、マイホームパパなどと揶揄されもした。不平等な階層は封建遺制として批判され、家族間でも、対等な関係の構築が指向された。それにつれて、家庭内の<父>の存在は相対的に軽くなっていった。このような文脈に掲出の一首を置いてみると、下句「むすめよここだ父はここにゐる」には、<父なるもの>が恒常的に担っている精神の息づきが感じられる。

 

点滴の針より落つるひとしづくふたしづく命の水のごとしも

鉄橋をわたる電車の音響くやまひ養ひねむる夜の牀

アンパンの臍噛みなにかうれしくて妻と語りぬ冬の夜の部屋

 

もちろん病を肯定するものではないし、誰でもがそうなるものではないが、病を契機に心境=歌境がぐんと深くなるということはある。「父はここにゐる」に感銘を覚えるのは、そこに病を経て獲得した命の愛惜があるからだろう。「われはここにゐる」ではない点を味わいたい。