今井 恵子


クローゼット等間隔に吊るされた薄い衣服が息吹き返す

竹内亮『タルト・タタンと炭酸水』

 

外山滋比古著『日本の文章』を読んでいたら、「日本語は明治の間におびただしい外来語の流入、それに対する訳語の流入などということがあって、新しい言語の歴史が始まった」「それからほぼ百年、日本語は詩歌を生み出すにもなお若すぎる。いわんや知的散文を書くにはたいへん未熟である」という一節に出くわした。日本語は新しい言語のスタイルを作る過程にあるというのである。目からウロコが落ちた。「始まってまだ百年しか経っていない日本語」という視点がおもしろい。文語か口語かという表層の変化を追うだけではなく、新しい日本語の短歌なのだと考えると、なんだか嬉しくなる。

 

掲出の歌の「衣服」は女性のドレスだろうか。クローゼットに整然とならんでいる服の一つを取り出して着ようとしている人の気配が動く。明るく伸びやかな空間である。「クローゼット」が、いかにも今である。少し前には洋服箪笥と言っていた。

 

わたしの祖父母の時代、つまり明治生まれ世代は、着物が普通の日常を送っていた。着物は畳んで箪笥にしまった。今、スーツやドレスはクローゼットに吊るす。衣服が水平的なものから垂直的なものに、平面的なものから立体的なものとしての扱いを受けるようになった。それでも、スーツやドレスが暮らしに根付いているかといえば、未だしの感があると、わたしは思う。先の「新しい言語の歴史」に似ている。

 

段ボールが運び出されて空っぽの部屋の隅までひかり差し込む

濃紺のワンピースから現われた白い曲線なににも触れず

店先の自転車のそば飼い主を待つ灰色の犬の落ち着き

 

平易に語られているが、言葉に折り目正しさがある。空間把握に新しい短歌の方向を感じた。