生沼義朗


小杉放庵/草原に疎開児童のひとり居り草の中にて家思ふらむ

小杉放庵『石』(美術出版社・1953年)

※表記は『昭和萬葉集』巻六(講談社・1979年)に拠る


 

私事だが、総合誌「短歌」(角川書店)8月号特集「戦中のうた」で、『昭和萬葉集』巻六(昭和16年~20年)に収められている歌人以外の著名人の短歌作品を20首選び、解説文を付した。そのときは吉川英治、山本五十六、金田一京助、日夏耿之介、谷崎潤一郎、永井荷風、檀一雄、宮本百合子、三島由紀夫らの歌に触れたのだが、今回はその際に取り上げられなかった歌を取り上げたい。

 

掲出歌の作者の小杉放庵は1881(明治14)年生まれ、1964(昭和39)年歿。戦前の帝国美術院および戦後の日本芸術院会員に推され、当時を代表する洋画家のひとりだった。東京大学安田講堂の壁画や、都市対抗野球大会の優勝旗である黒獅子旗のデザインを手がけたことでも知られている。

 

現代美術と現代詩の関係がそうであるように美術と詩歌の関係は深い。短歌に限っても、美術と短歌の双方を手がけた人としては、日本画家でありアララギ派の歌人でもあった平福百穂、8月6日に三國玲子を取り上げた際にも触れた紙塑人形創始者の鹿児島寿蔵、比較的最近では美術史家でもあった松平修文や、装丁家としても活躍する花山周子などがたちどころに挙げられる。

 

掲出歌に眼を移すと、児童だから国民学校の学童くらいの年齢までまずわかり、その児童がひとりで草原の草のなかに佇んでいる。端的に絵が浮かぶところは最初に押さえておきたい。疎開児童となぜわかったかは、今までに見慣れない子供だったからだろう。草のなかに佇む姿を見て、自分がかつて住んでいた、そして生まれ育ったであろう家に思いを馳せているだろうと想像する。作者のこの想像は確信に近い。まさに一枚のスケッチのようにシンプルに描いているが、あたたかな眼差しを感じる。同時に、もしかしたら草原だから風が吹いているかもしれないが、掲出歌の読後感からは不思議な静謐さを受け取る。この静謐さが結果的に戦争に対するメタファーとしても機能している。作者がそこまで考えていたかはこの際関係ない。静謐な場面とそこからもたらされる静かな抒情と、背後にある戦争という悲惨な現実との対比が掲出歌を忘れがたい一首にしているのだから。