生沼 義朗


古谷智子/夕映えのこゑはしづかに充ちあふれはるかな死者をまた呼びもどす

古谷智子『デルタ・シティー』(本阿弥書店・2019年)


 

本来この歌は8月の終戦の時期に取り上げたかったのだが諸事情でかなわなかったので、前回が吉野昌夫の学徒出陣の歌だったこともあり、このタイミングとなった。

 

『デルタ・シティー』は古谷智子の第7歌集で、2009(平成21)年前後から2012(平成24)年頃までの作品465首が収められている。歌集題は、古谷の父親が被爆した広島を指す。あとがきによれば「広島は、七つの河川に挟まれた肥沃な三角洲に広がった都市で、「デルタ・シティー」とも呼ばれる。肥沃であるから多くの人々が住みつき、重要な大都市となった。その肥沃さゆえに発展を遂げた都市は、その発展ゆえに戦時の標的となり、原子爆弾の投下地になった」とある。さらに三角洲は水利がよいため、大量の冷却水が必要な原子力発電所も多く見られ、チェルノブイリも福島第一原子力発電所もデルタ地帯にあることに触れ、「肥沃と繁栄の象徴が、破壊と恐怖の象徴となってしまった。原発だけではなく、文化の発展しきった大都市は、いつか必ず滅びる。古来の歴史が、それを証明している」と危機感を述べる。集題を『デルタ・シティー』としたのは、「令和へと変わる節目に、被爆者であった父を通して身に刷り込んだ広島の記憶を消さないために、また、自らの反戦の意志を確かめておきたいという思いから」という。

 

掲出歌は、歌集掉尾の一連「ガラスの器」12首の5首目。この歌集には「デルタ・シティー」と題された、標題にあたる一連はないが、事実上この一連がそれにあたる。先に挙げたあとがきに呼応している歌も多く、

 

 

ヒロシマへアリゾナ号へこもごもに行きたる首脳の身に巣くふ〈核〉
告げえざる憂ひをひきて広島の閃光ながきこころの火照り
ひりひりと孤心を研げばひかりだす棄教の父の黒きバイブル
見せざりし被爆者手帳 喉もとの棘のごときが疼く八月
ゆつくりとなめされし夢盛られたるガラスの器のやうな歳月

 

 

などの歌が強く印象に残る。あらためて掲出歌を読むと、上句の「夕映えのこゑはしづかに充ちあふれ」が映像的な美しさと鋭い感覚を感じさせる。歌単体では非常に静謐で抒情的な景色なのだが、結句「はるかな死者をまた呼びもどす」の声調と意味内容の強さおよび同じ一連の歌と呼応することで、厳粛とも言っていいほどの重さと暗さを一首に漂わせる。この意味内容や重さ暗さは、岡野弘彦の有名な

 

 

またひとり顔なき男あらわれて暗き踊りの輪をひろげゆく

 

 

を思い起こさせる。既視感ではなく、戦争や原爆をはじめとする望まざる死を残された者が思い起こすとき、同じ空気を纏うのである。時が流れ、その歳月のなかでさまざまな思考や抒情が蓄積され、歌の形になってゆく。その歌にも先に述べた空気が讃えられる。それこそが作家性であり、『デルタ・シティー』のひいては古谷智子の歌の価値でもある。