田口綾子『かざぐるま』短歌研究社,2018
第51回短歌研究新人賞の受賞作である「冬の火」の表題作です。
語り手は、連作の冒頭では「すきなひと」、そして「あのひと」を幾たびかはさみ、連作の最後のこのうたで「あなた」へと変化します。
「すきなひと」から「あのひと」へ、「あのひと」から「あなた」への移り変わりは、相聞の対象と語り手との、こころの距離が縮まっていくようすととりました。
また、「あのひと」(「あなた」)が火に関わる何かであるということは、途中の
あのひとにいろんな嘘をついたから火のコーラスが聞こえなくなる
といううたからも連想させられます。
なぜ「あのひと」に嘘をつくと、「火のコーラス」が聞こえなくなるのだろうか。
「火のコーラス」とは、燃えさかる熱いコーラスのことなのか。あるいはたき火のように、静かで密やかなコーラスのことなのか。
そして相聞の対象は、ついには単なる「火」ではなく、「冬を燃やす火」になる。
「みずいろの螺旋階段」というのは、実際にあった情景というよりも、心象風景のような、抽象的なものを想像します。
しかもただの階段ではなく、螺旋階段であることに注目しました。
繰りかえしくりかえし、同じ地点をくるくると回りながら、作中の主体に少しずつ近づいてくる「あなた」。
「降りてくる」ということは、〈私〉は「あなた」を見上げている状態にある。
語り手が呼びかけの仕方を変えることでしか「あのひと」に近づくことができなかった〈私〉に、「あなた」はゆっくりと、そして確実に近づいてくる。
「あなた」が「冬を燃やす火」になるという表現は、明確なひとつの読みを提示することはむずかしい。
けれど、選び抜かれた言葉の静謐な雰囲気と、螺旋階段を降りるように近づいてくる相聞の相手と〈私〉との距離を、人称の変化によって表す手法は、とても計算されたものであることがわかります。
今日のようにとびきり寒い冬の日に、しばしば思い出す大好きなうたです。