雪舟えま『たんぽるぽる』短歌研究社,2011
一時期、狂ったようにホットケーキばかりを焼いていた時期がありました。
ぽつりぽつりこの歌の下の句をつぶやきながら。
出来たてをわくわくしながら食べるでもなく、一枚ずつ丁寧にラップをして、冷凍保存をしていました。そうして、
ごはんを作る気力も、外へ出る体力もなくなってしまったとき、ほんとうに元気がなくなってしまったとき、電子レンジであたためて食べていました。
そのときもやはり、「ホットケーキは涙が拭ける」とこころのなかで唱えながら。
2020年11月に発売された『ビッグイシュー』No.394の短歌特集で、山田航さん、木下龍也さんとご一緒したとき、
木下さんが、短歌は「口ずさめる“お守り”」であると書いてらして、なるほどなぁと思ったのですが、
この歌はわたしにとって、(そしてきっと、わたし以外のたくさんのひとびとにとっての)「お守り」で、
こころのうちにそっと仕舞っているだけで、思い起こしたときに、ホットケーキのほかほかが身のうちにひそんでいるような、温かい心持ちのする。
(ちなみに、山田航さんは「平等なコミュニケーションの土台、それが短歌だった」、井上は短歌を「世界を引き寄せる透きとおった水べのようなもの」と書いていました)
食卓で食べるホットケーキはナイフとフォークでお行儀よく食べるものですが、この歌の中の「夫」はサンドイッチのように「持たされて」いるので、きっと手づかみで。バターのしょっぱい味がごまかしてくれそうだから、涙がしみこんでも大丈夫。
ちなみにホットケーキをきれいに焼くこつは、「フライパンをよく熱し、それからよく冷やすこと」と「辛抱強く待つこと」です。