食べてゐる途中で耳がとほくなる辛すぎた自家製タイカレー

片岡絢『カノープス燃ゆ』(六花書林、2022年)

 

自分のうちでタイカレーを作って食べた。なにかレシピあってのことかもしれないが、それでも「自家製」である。いろいろはみ出たところがうまれてしまう。作っているあいだは、味見しているときは、気づかないことである。

 

それで「食べてゐる途中」で気づいた。「からすぎた」と。(辛すぎる、ではなく、辛すぎた、であるから、あのときのあれが……というような、なにかおもいあたる場面があるのかもしれない。)それを「耳がとほくなる」とつかまえたところにまずひとつうたの魅力がある。

 

この歌集はこういうユニークな視点というか、ものの捉えかた、あるいは述べ方というのがぜんたいに行き渡っていて、これもそのひとつ。舌や口、あるいは食道や胃や腸や尻でなく、「耳」なのだ。そうか耳にくるのか、とおもう。

 

もうひとつ、下の句の「辛すぎた自家/製タイカレー」の句またがりも、身体バランスのくずれてしまった感をおもわせて、ぎこちないのがかえって魅力的に映る。まず上の句で感覚的なこと、認識を言って、それからやや冷静に細部の情報が伝わってくるのも、いかにも現場的だ。

 

ふだん全然カレーを食べないので忘れていたが、辛いと汗をかく、というのをふと思い出した。しかしこのうたには不思議と汗の気配がない。「耳がとほくなる」は、耳が痛むのともちがう。どこか異世界的辛さ漂う一首である。

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