井上 法子


後ろ前に着たらくるしい首元のやわらかければいいのにな死が

橋爪志保『地上絵』書肆侃侃房,2021

 

トップスに首を通したあと、前後を逆に着てしまっていることに気がつく、というような状況。

衣類の背中側、その首元は、バックオープンのもの以外は詰まっている仕様が多く、作中の主体の首元には「くるしい」不穏な圧がかかっている。

 

きっと誰しも一度は経験したことのある事象だからこそ、わたしたちはその状況を思い浮かべることができるけれども、「後ろ前に着る」というのは、じつはけっこう奇妙な表現だということに気づきます。

 

身近なものをたぐり寄せるしぐさで、「首元」の詰まっている(おそらくはうまく発話のできない状態にある)主体に変わって、語り手は、とつぜん「やわらかければいいのにな」と言い、その思いを「死」へと投げかけます。

ここで、「後ろ前」という、正反対の何かがべったりとくっついる様子が、生と死の表裏一体感と重なってわたしたちに降りかかる。先ほどのあの奇妙な表現は、このためにこそ用いられていたのかもしれない、とハッとさせられます。

 

たしかに、死後硬直という現象もあるように、死はわたしたちにとってどこか「かたい」印象がある。

「死」へと至らしめるための何かは、たいていがひどく「くるしい」もので、そのうえこの歌の状況においては、どこか絞首の様子を彷彿とすらさせられる。

 

かたく、鋭く、不意にやってくるその瞬間が、せめて「やわらかければいいのにな」という語り手のかたりは、「くるしい」の只中にある主体に対する祈りのようでもあるし、「きっと誰しも一度は経験したことのある事象」を通して、わたしたちに、生きた、やわらかい言葉を差し出してくれているようでもあります。