東直子『春原さんのリコーダー』本阿弥書店,1996(引用はちくま文庫版,2019)
最近は歌集の文庫化が少しずつ進められるようになって、手に入りにくかった歌集から全集まで、書店でぽんと入手できるようになってきました。
歌集の文庫化の先駆けとしてわたしの記憶しているのは、2019年の終わるころ、東直子氏の第一歌集『春風さんのリコーダー』と第二歌集『青卵』の二冊がちくま文庫の仲間入りをしたこと。
ということで今日の歌。杉田協士監督によって『春原さんのうた』として映画化されたことも話題になりました。
郵便物を誰かに出したものの、それが届けられることはなく、その「誰か」の行く先も知らず(知らされず)、不在であることのしるしをじっと見つめる「春原さん」。
そして「見つめつつ」、かれは「リコーダー」を吹く。何も言わずに、或いは何かを言う代わりに。
「春原さん」も語り手も、「転居」した誰かさんも、関係性については何も示されていない。
そもそも「春原さん」が語り手にとってどんな存在なのかも、わたしたちにはわからない。
わたしたちの耳には、リコーダーのどこか懐かしくて、ちょっと間抜けた音色が飛び込んで来るだけです。
どこまでも優しく、それゆえにさびしい世界が、淡い音色とともにしみこんでゆく。
この不思議な読後感は、謎の人物「春原さん」の魅力を際立たせるように作用しているのがなんとも巧みです。