わんわんと蟬のこゑ降るこの国の引きこもる人百万を超ゆ

藤野早苗『王の夢』(本阿弥書店、2014年)

 

映画「釣りバカ日誌」シリーズ(1988年〜2009年)を見返してみると、「引きこもり」をえがいた回の存外多いことにおどろく。そういえば、わたしが中学生とか高校生とかだったころ、あるいはそれはもっと前からそうだったのだろうが、「引きこもり」ということが盛んに言われていたのをおもいだす。

 

うたは2014年のもの。「引きこもる人百万を超ゆ」という数に、率直にひきこまれる。百万のひとが、百万の事情をかかえながら引きこもる。「わんわんと蟬のこゑ降る」、その声のかさなりあいひびきあいが、それらをすっかり覆い尽くしてしまうようにも聞こえてくる。

 

歌集で、うたのわたしは母として娘の「不登校」をともにする。不登校と引きこもりがただちに順接するわけではないが、一首にかようのは、そのこととひとつらなりの共感であろう。共感というよりは、もっと遠慮深く、おもいを伸べるような姿がここにはある。

 

いつも行く坂の上り下りに、蟬がさかんに鳴いている。時折なだりのうえの木々を仰いで目を凝らしてみるのだが、蟬のすがたを見ることがついにない。ただ、「わんわんと」とよもすばかりである。そこにあるいは、「引きこもる人」のうちなる声を、おもいみる一首なのかもしれない。

 

三句「この国の」とおおきくつかみあげたところに、ひろがりと奥行きしるき一首である。

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