『真水』外塚喬
父母への思いが直截に歌われ、愛唱性をもっている一首である。父はすでに逝去し、母のみが生きている故郷であるが、しかし「母ありて」こそ「帰る故郷」なのである。とくに個別的な事情が歌われているわけではない。むしろその意味のわかりやすさが歌の強みでもあろう。「母ありて帰る故郷」という冒頭から、その後の「ひるがへるつばめよつばめ父のまぼろし」まで、詩句のすべてに歌謡性があって、口ずさみやすく、覚えやすい。また選ばれた言葉自体も、「父」「母」「故郷」「つばめ」「まぼろし」とわかりやすく、それらが混然一体となって、率直でストレートな情感を生み出している。そうして、確かな母の在所と、まぼろしの父が密かに交錯しているところに、濃い抒情性がひるがえってもいるだろう。「つばめ」と喩化されている父、外塚杜詩浦は歌人である。二〇〇〇年刊行。