菊の花ひでて香にたつものを食ふ死後のごとくに心あそびて

 『開冬』佐藤佐太郎

 菊の花びらをひでて酢などに合えて食べる菊膾は、香り高く、色彩も歯ざわりも風雅な秋の食べものである。作者はその菊膾を食べていたのだろうか。「香にたつもの」を味わいながら、「死後のごとくに心あそびて」と歌う。「死後」という言葉は、「菊の香はどこか沈んだところがあるから」と作者自身は言うが、口にした菊から「沈んだ」香を嗅ぐという鋭敏な感覚は、同時に「心あそびて」と、香の幽邃さに心を遊ばせてもいたのだろう。あるいは菊の露を飲んで不老不死になったという、あの「菊慈童」の物語なども思ったであろうか。ともあれ、虚実を超えた時空に作者の心はひととき漂ったのである。『開冬』は一九七五年の出版で、作者はこの時六十代後半。歌集の「後記」に「いはば冬の季節に入つたやうなもの」といい、また「開冬とは冬開く、新冬の意味である」と記す。「死後のごとくに心あそびて」とは、自身の「死」がつねに意識下にあればこその言葉であろう。

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