『忘瓦亭の歌』宮柊二
「すたれたる体横たへ」と自らを歌う作者は、この時まだ六十代の前半だが、身体の衰えを、さながら「枇杷の木の古き落葉のごとき」と感じて哀しんでいる。枇杷の木は大木になり、大きく厚い葉を繁らせ陽をさえぎるので、庭木として好まれないところもあるが、この葉を焼酎に漬けこんだエキスには、湿布薬としての効能があるとも聞く。枇杷は冬でも葉をあまり落とさないが、乾いて、がさりと地に伏せた落葉の姿に、作者は自身の老体を重ね見ているのだろう。さらにいえば、「すたれたる体横たへ」とは枇杷の大きな落葉の比喩としてもぴったりで、あるいは作者は、そこに同類の感情をもっていたのではないか。この歌の味わいの深さはそこにあるといえるだろう。この歌の後には「夜の湖(うみ)に霧湧くさまを窓に見て今年の枇杷の実をまほるなり」と、枇杷の実を貪り食べている歌もあり、葉といわず、実といわず、枇杷には親しみをもっているようだ。一九七八年刊行。