ざくりと踏む霜の柱の音を聴く母とわかれし日に聴きし音

『朝の水』春日井建

 春日井建の最後の歌集『朝の水』の巻末近くに置かれた一首。すなわち死に近々と接している日の歌である。「ざくりと踏む」という六音の重い響きの歌い出しが、まず胸に迫る。「ざくり」とは霜柱を踏む音であるが、「音」とともに「霜の柱」が壊れていく感触も読者になまなましく感じとらせる。春日井にとって、それはまさしく生死の境を踏む音であっただろう。そしてそれは、最愛の「母とわかれし日」にも聴いた音であったという。「音を聴く」「聴きし音」と上句と下句に「音」の記憶をリフレインさせながら、しだいに死を手なずけていくようである。また、癌の治療で毛髪を失った自身を、「スキンヘッドに泣き笑ひする母が見ゆ笑へ常若(とこわか)の子の遊びゆゑ」と歌う。この時すでに「母」は亡くなっていたが、母にとっての「常若の子」である自身の「スキンヘッド」を、変身の「遊び」ととらえ、ともに「笑へ」と歌うのである。病を、あるいは運命を、自然体で受容する精神力、そしてその矜持。ここに春日井建がいる。二〇〇四年刊行。

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