『てまり唄』永井陽子
(『永井陽子歌集♭』石川美南編)
小学校では「掃除の時間」というものがあり、どういうわけか屋外の途方もない広さの外構をひたすら竹箒で掃いて(はわいて)いたような記憶がある。落ち葉を掃いて集めては堆肥置き場へ運んでゆき、吹きさらしで汚れてしまったような側溝や水周りも基本的には竹箒でどうにかしようとしていた。とはいえ平成ゆえもう少し道具や方法が整えてあってもよかったのではと思うが、そのとき背丈より大きな竹箒をやみくもにつかんだ感触とか、ともかく掃除をしているのだという実感のうちに漂っている独特な自意識は、もしシステマティックに掃除の技術を獲得していたらはんたいに二度と知り得なかったものだと思う。竹箒のことで強く思い出すのは、おそらくすでに工業製品であったにも関わらず、一つ一つをまったく別個体として認識していたことである。新しい竹箒は、まだ穂先がふわふわしていて大きく、広い面を掃きやすい。何年か使ううちにしだいに穂が抜けていくのか、箒は少しずつ小さく痩せていってしまう。しかし、その小さな竹箒もまた、それなりに使い道はあるものだから、その日に掃除をしたい場所によって、また好みや得手不得手に応じて、箒を他の子供と取り合ったり譲り合ったりしていた。箒もそうだし、道具いっぱんが刻々と変化を重ねてゆく品物であることを認めるのに、あれほどふさわしすぎる場所はなかった。
もしかしたら掲出歌の竹箒は屋内用の小さなものかも、とふと思ったのだが、どうだろうか。いずれにせよ、弔いのために(もしかしたら気を紛らわすきっかけとして)何かを新調するという行為、それが竹箒という道具であるという事実に込められたものはほんらい重いはずである。『てまり唄』では、老いた母を見送るまでの日々が静かに書かれていて、その静けさがこの歌集の重要な要素なのだと感じた。深い悲しみや、感情の混乱は、ときおりにじみながらも、淡々と道具を新調するような様子にさりげなく置き換えられる。奥底に悲しみを眠らせるといわれたらそうかもしれないし、自然をあるがままに受け入れようとしているといわれても、そんな気もする。どちらに重きを置くというわけでもなく、切り分けがたいものをそのまま、歌に委ねているように見える。冬の淡い日差しや春の朧日の中にあって、歌じしんのフォルムこそが、もっとも光り輝いて見える。
同時期に制作されたという『モーツァルトの電話帳』と『てまり唄』があり、よく考えれば『てまり唄』もまた、五十音を楽しく並べるわらべ歌のようなもので、『電話帳』と同じものを示している。真っ白な帳面に『てまり唄』が書き込まれれば、それは『電話帳』と呼ばれるものになる。あとさきでも表裏でもない関係、互いが互いを生み出すような不思議な引力が、この二冊の魅力であると今回思ったことである。
かりそめにこの世にありて何とせう 立つたまま夢を見てゐる箒
