目瞑りて眠りの岸へ着くまでの息見とどけてわれも眠りぬ

菅原百合絵『たましひの薄衣』

 

寝息も起きているときの息も吸って吐くというまったく同じ動作の繰り返しである。けれども「あなた」と横に並んで寝ているうちに息の様相が変わる瞬間がくる。無音だった呼気がふーっとこすれるような音を立てはじめる。ああ、あなたは眠ったんだと思いながら、今度はわたしが眠りに落ちていく。この一首は「わたし」の身体、「あなた」の身体というふたつの身体を読み手につよく感じさせる。が、それらの身体には大きな動きが起きない。横たえられたふたつの身体から表れる動きは呼気吸気という単純かつささやかな循環のみである。顔を覗いたり、肌に触れたりというような動作は起こさず、ただ目を閉じて横たわったまま相手の息の循環に耳を澄ましている。視覚や触覚ではなく聴覚だけをもって相手の存在を感じているのだが、眠りに落ちることとはこの歌にとっては「あなた」が手の届かない一人の場所へ帰っていくことと同義なのだと思う。眠りの岸という次元の異なる手の届かない場所は、同時にあなたがあなたであるための場所でもある。見とどけられているものはあなたの眠りだけれど、その見とどけのなかに含まれているものはきっと他者の尊厳、と書き続けたくなるがこう言ってしまうと少し見えやすくなりすぎてしまうので他者の尊厳をもみほぐしたようなもの、と言い換えたいが、そうしたものであるのだろう。

二度出てくる「て」の効果にも注目したい。「目瞑りて」の「て」は寝床に横になり目を閉じるまでの短い時間を区切る「て」であり、「眠りの岸へ着くまでの息見とどけて」の「て」は目を閉じてから眠りに落ちるまでのより長い時間を区切る「て」である。それぞれの時間に対応するように文字数が与えられているから、すべて整ってからの結句「われも眠りぬ」がすとんと読み手の腹に落ちる。また、ふたつの「て」によって乾いた単純性が一首に付されることとなり、この歌に不要な粘りけが生じることなく眠りの時間のさらさらとした質感が表れているところも大切な点である気がする。掲出歌の一首前の歌を引いて終わりとする。

 

マドレーヌ紅茶に浸しいつまでも触れえぬあなたの心と思ふ

 

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