大松 達知


連れられてシベリア出兵を駅に送る兵と馬とのただ長き貨車

近藤芳美『命運』(2000)

 

 「シベリア出兵」という項目は「広辞苑」にもある。

「1918~22年(大正7~11)チェコ軍救援の名目のもとに日本がアメリカ・イギリス・フランス・イタリアなどとともにロシア革命に対する干渉を目的としてシベリアに出兵した事件。日本の軍隊は他国撤退後も単独駐留したが、失敗に終わった。」

 近藤芳美は1913(大正2)年生まれだから、5歳~8歳くらいの記憶だろう。

 ふつう、回想には過去形を入れるのだが、強引に現在形で押しているところに不思議な時間感覚が(結果として)出ている。

 のちに、「失敗」と裁断される出兵。当時も議論があったに違いない。しかし、子供はそんなことは知らず、ただ、圧倒的な兵士と軍馬の数に驚いたのだ。

 

 今なら、「シベリア攻撃」「シベリア侵攻」などと言うだろうところ、「出兵」という言葉が選ばれたのは、まさに兵隊たちの足音が聞こえる感じがする。

 戦争の中心が兵器でなく、ただ「兵」であったのだ。(「派兵」よりも泥臭い感じはする。)

 作者は、貨車の長さに驚き、それが「兵」と「馬」だけで構成されていることに、直感的に本質を感じ取ったのだろう。

 90年ちかくあとの回想である。