澤村 斉美


烏帽子岩あさひに光るここを過ぎわれの呼吸のふかく乱れむ

山田富士郎『羚羊譚』(2000年)

山を行くところだ。烏帽子岩と名のつく、特徴のある岩があさひを受けて光っている。そのそばを過ぎていくのだが、3句目「ここを過ぎ」の臨場感が深い。下句では、自分の呼吸が乱れるだろう、と少し先のことを予測して言っているのだが、いま「ここ」にいて呼吸の乱れを予感している「われ」の体を生き生きと感じさせる3句目なのである。「烏帽子岩を過ぎ、呼吸が乱れる」という、ひと連なりの時間の存りようが、定型をしなやかに御しつつ、また御されつつ歌われていることが快い。 

 

  通草蔓切りて上枝(ほつえ)をはなちたりほんたうの敵まであと一歩

 

同じ歌集から、同じく山での体験に基づくと思われる1首を。枝をとらえ、それにからみつく通草蔓(あけびづる)を切り、枝を手放す。「ほんたうの敵」とは何だろうか。蔓の絡む枝の先にある、対峙すべきもの、本当にとらえたいもの。それに限りなく近づきながら、いったんは、つかんだものを手放す。思慮の末、と思われるこの手放し方に、「敵」に静かに、まっとうに近づいていく感じがある。けれど、その思慮は前面には出ておらず、手放す感触、放されてはねる枝の印象が、心にのこる。

 

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