生沼 義朗


和嶋勝利/謝罪ならいらぬとなれば出る幕もなく出るとこに出ることとなる

和嶋勝利『うたとり』(本阿弥書店・2019年)


 

前回は銀行員の細川謙三、前々回は保険会社勤務の神山卓也と金融筋の歌を取り上げた。和嶋勝利は「りとむ」の創刊メンバー。証券会社に勤務しており、最近出たばかりの第4歌集『うたとり』は、「疑わしい取引」を略した証券業界の用語から採られている。

 

『うたとり』は3部構成だが、第3章の「お客さま相談室のうた」が全体の3分の2以上を占める。「お客さま相談室のうた」は2011(平成23)年以降の歌で成り立っており、異動によって証券会社のお客さま相談室で働くようになった日々の姿が描かれる。

 

 

傍聴を出張としてとある日の午後いつぱいを京都にありぬ
業者らは手みやげを提げやつてくる辛き条件つけて総務部
億劫のやうで遠慮もあるやうで調査が心に踏みこめずゐる
27分32秒の攻防 勝者あらざるさみしさを曳く
不作法な振る舞ひだけは気をつけろゆくゆくネットが晒しにくるぞ

 

 

和嶋が配属された「お客さま相談室」は総務部に属するようだ。部署名からするとクレーム電話の対応ばかりしている印象があるが、会社が当事者になっている裁判や調停の傍聴など、さまざまな業務があることがわかる。前回書いた内容と重なるが、どんな業種職種でも一歩間違えば守秘義務に引っかかりかねないから具体的な業務内容を仔細に詠うことは難しい。総務部門などの管理部門ならばなおさらだ。となると、一般的に仕事の歌は、前々回の神山のように総体的概念的に業務を描いてゆくか、前回の細川のように業務の具体ではなく背景の景色や人物を詠むことで抒情を立ち上げて職業人像を描くか、仕事に関わる人物を描くことで仕事の特色を浮かび上がらせる人事詠の大体いずれかに大別できる。和嶋の場合は総体的概念的に業務を描きつつ、同僚や取引先や客などの仕事に関わる人物を描く人事詠の両方の性格を併せ持っている。

 

掲出歌は電話でクレームの応対をしているときの歌だろう。意味内容は一読してわかり、相手が謝罪ならいらないと突っぱね、話は平行線になっている。ならば、担当者である自分も出る幕はなく、当方としても出るところに出るしかないつまり裁判なり調停なりで解決せざるを得ないということだ。

 

見どころは意味内容だけでなく、「出る」が3回繰り返されることで独特のリズムが産まれ、しかも「出る」の意味がすべて異なるところである。淡々と出来事を語りながら、クレーム電話に対応している作者の辛さや苦悩に思わず立ち止まる。そして次の歌は

 

 

出来ること出来ないことを伝へをりこの申し出はマニュアルどほり

 

 

という歌だ。この歌も意味は明瞭で、マニュアルで想定された範囲内の申し出があったので、担当者としてまた会社としてできることとできないことがある旨を伝えた。電話でのクレーム対応は、世間との接点の意味では最前線でもあり、社会の病理が一気に吹き出す場所でもある。単なる苦情を越えて言いがかりやいちゃもんとしか思えない申し出もあるだろう。会社として謝るべきところは謝る必要があるが、そうでない場合は当然その必要はないから、どこかで明確に線引きをしてそこからは毅然たる態度を取る。そのための法的手段であり、マニュアルなのである。