生沼 義朗


鈴木智子/屋上で白く干されたシーツたち五月はきっと揮発する夏

鈴木智子(「イラン、夏」2019年)


 

5月7日および5月9日に第28回文学フリマ東京の話題に触れ、そのときに手に入れた冊子にいくつか触れた。文学フリマ東京は5月と11月の年2回東京・平和島の流通センターで開催されており、今年秋の第29回文学フリマ東京は11月24日に開催された。文学フリマの説明は5月7日の項目で詳細に述べたので、ご存じない方はそちらをご参照いただきたいが、今回もそこで入手した書物をから取り上げたい。

 

掲出歌の収められている「イラン、夏」は「写真×短歌×コラム」の副題通り、イランのゴムという都市に短期留学した際の経験に基づいて読まれた短歌作品に、現地で撮った写真とイランについてのコラムが併載された一冊である。

 

著者の鈴木智子は1986(昭和61)年茨城生まれで、2010(平成22)年頃から作歌をはじめ、「かばん」に所属している。あとがきによれば、鈴木がイランに留学した理由は「国際関係の学部に進学し、ドバイあたりに行く友人がおり、働いていた写真店で砂漠の写真を見てから中東に行ってみたいという気持ちが強くなりました。そして今回の国費留学の募集を見てこれはチャンス!と思いました」とある。

 

特に面白かったのは11篇のコラムで、知り合いが開催してくれた誕生パーティーの際にホテルの食堂内で花火を打ち上げられたり、夕食がナンとツナ缶だけだったり、手紙を出すのに3時間掛かったりなど、民族の習慣の差異なのか単にパーソナルな問題なのかはともかく、日本ではまず経験し得ないような事柄ばかりで、もちろん鈴木はそこに着目してコラムを書いており、旅行記好きとしては大変興味深く、楽しく読んだ。また全ページフルカラーなのも特徴であり、収められている写真も色鮮やかで中東の風土と情緒を伝えている。

 

短歌作品は二十数首が収められている。一読者としてはやや物足りない印象だが、副題を好意的に解釈すれば、鈴木のなかでは写真と短歌とコラムが同じ比重で釣りあっているということだろう。

 

 

二百ヶ国カバーしている保険屋がカバーしてない辺境へ行く
毎日が炭水化物に豆少しポテチと炭酸 ファンファーレ鳴る
ボルボルという鳥がいるこの街で屠殺を美しいと思った
アザーンが聴こえる世界はひとつだけ遠く遠くの父母と地続き
広すぎる世界にわたし頷いて冷水で手を洗い続けた
屋上の水道ぬるく歯磨きをするたび思う罪の重さを

 

 

写真が歌の背後もしくは横に添えられているので冊子で読むときは否応なくその引力が働くが、歌を独立して書いてみてもどの歌もきちんと自立していることがわかる。

 

掲出歌は、鈴木がイランで詠んだ背景を知らなくても、実景を一種の喩として扱った、心象にシフトして描いた歌としても読める。しかしイランという背景を知ることで描かれた景色がより具体的に立ち上がってくる。上句で白いシーツが屋上で多数干されている光景を描き、四句で5月という時期が明らかにされ、「きっと揮発する夏」と続くことで文字通りきらきらしい詩的なイメージへとつながってゆく。また美しさや詩性だけではなく、イランという地への希求を象徴し得ているところもこの歌の魅力だ。

 

他の歌では一首目は事実の重みが読者へ歌のインパクトとして伝わる。重要なのは「辺境」で、辞書的な意味は「中央から遠く離れた国ざかいまたは地域」だが、この歌では地理的なものより心理的に遠く離れた地域を意味し、さらには「保険屋がカバーしてない」というシステムからこぼれた地域というニュアンスも込められている。

 

二首目以降は掲出歌と同様な歌の造りで、心象風景と読むこともできるし、背景を知ればより具体的に景色が立ち上がる。どちらが歌として優れているあるいは完成度が高いではなく、それだけ懐の深い歌のつくりになっている。その懐の深さが、写真やコラムとともにもたらされる、読者が今まで知らなかった地の空気や情報に触れることで得られる一種の高揚感と相俟って、一冊の持つ世界観に読者を引きこんでゆくところに「イラン、夏」の書物としての醍醐味がある。

 

また、鈴木は昨年末に第1歌集『砂漠の庭師』(デザインエッグ社)を上梓している。そこにも砂漠をモチーフにした歌や旅に取材した歌が収載されている。作品にはさまざまな工夫がなされていてそれが若干空回りしてしまった印象はあったが、世界観は共通しており興味深く読んだ。もっとも自分はたまたま順番的に「イラン、夏」を先に読んだので、情報をそこで補足して読んでしまったことは否定できないが。

 

余談になるが、『砂漠の庭師』はクラウドファンディングで資金調達をした歌集で、その点も個人的に注目した。クラウドファンディングは主にインターネットを介して不特定多数の人から資金を募る仕組みで、短歌ではおそらく初なのではないか。おおむね金額別にいくつかのコースに分かれていて、金額が多いほど特典が増えることが多い。鈴木の場合は1口3千円から3万円までの4つのコースが用意され、3万円のコースに申し込んだ人もいて最終的には19人から計約17万円が寄せられたという。『砂漠の庭師』はオンデマンド出版なので、調達できた額に合わせて出版部数を決め、発送費や解説の謝礼などの諸経費は自己負担でまかなった。

 

今回は費用を抑えるために表紙や組版もすべて鈴木自身が行ったため、造本やレイアウトなどにはたしかに注文をつけたくなるところが少なからずあった。寄贈をほとんどしなかったようなので、あまり話題にならなかったのも残念である。

 

クラウドファンディングによる歌集の資金調達は対象となる本の作品的な魅力だけでなく、自己資金の比率や著者本人の人徳などが成否に相当影響するだろうから誰にでも勧められる方法だとは思わないが、歌集では極めて少数の企画出版と大多数を占める自費出版のそれぞれの短所を補い得る方法として、今後増えるかもしれない。クリアするべき点はいろいろあるだろうが、試行の一つとして注目したのでちょっと記してみた。