吉野 裕之のアーカイブ

冬日てる街あゆみ来て思ひがけず吾が視野のなかに黒き貨車(くわしや)あり

冬天に残る柘榴のひとつのみ瑕瑾だらけといふが愛しも

芝の上(え)のわが椅子倒し昨夜またさびしく八ヶ岳颪ゆきしか

わが家の貯えなどを妻に問う夜の川辺の歩行のおわり

カーテンのむかうに見ゆる夕雲を位牌にも見せたくて夏の日

みどりのバナナぎつしりと詰め室(むろ)をしめガスを放つはおそろしき仕事

歩みきて去年の団栗拾ひたりわづか濡れたる土の上より

ソックスを履かず冷えるにまかせたる指をはつ夏の陽に差し入れぬ

コロッケを肉屋に買ひて歩みつつ少年の日のよろこびを食ふ

追ひ抜かれ後退しゆくランナーをとらへをりしがやがて突き放す

まだ人のかたちをせるよ夜の駅の大き鏡の前よぎりゆく

わたくしも此処で死ねるか姑(はは)の死にしベッドを借りてお昼寝をする

病むわれは暗闇の中に立たされて壁泥(かべどろ)のごときものを飲まさる

ドアエンヂンなかば閉りて発車せしあはひゆさむき日が脚に射す

じりじりとセメントの袋担(にな)ふさま重心の移るさま見えてをり

きららかについばむ鳥の去りしあと長くかかりて水はしづまる

歳月に意味を問うなら問うことの問いの形がとり残さるる

雪をつむ喫泉の先へ伸びあがり口づくる子の足もとも雪

今われは都市の貌(かほ)して足早に群れの流れの中に融け行く

弟のかんばせ蔽ふ白布(しろぬの)を落葉の匂ふ風が通れり

会ふ人の皆犬つれし小公園吾が曳く白狐他人(ひと)には見えず

窮屈な機内に足を組み替へるやうにゆつくり話題を変へむ

後ろより誰か来て背にやはらかき掌を置くやうな春となりゐつ

ふり向いて影たしかむる坂道にひと日のわれと俺とが出会ふ

よろこばしき泉水に来ぬわたくしの喉の奥より蟇(ひき)のこゑ ククッ

かうするつもりだつたが結局かうなつた 長き一生(ひとよ)を要約すれば

月光の柘榴は影を扉におとす重き木の扉(どあ)なればしずかに

こんなにも太つてしまひし青柿よ六月まひる出会ひがしらに

えんがはにちちははのゐておとうとゐてネガのなかねぶの花咲く

役にたつやうさまたげにならぬやう名札小さく〈ボランティア〉なり

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