Archive for the '今日の一首鑑賞' category

さくら咲くゆふべの空のみづいろのくらくなるまで人をおもへり

カ行音躓(つまず)くあなたの吃音に交叉している山の水音

いつか僕も文字だけになる その文字のなかに川あり草濡らす川

墓石の名前をみればいまさらにこの世に在りて死にて居らざり

何回も桜並木を迂回する告白を待つ少女のように

乾いてる春をかわして行く君はさよならのときも振り返らない

仕方なく雲からこぼれて来たような雨いつかやみ春の夕暮

死がすこし怖い 妻との黄昏は無数の鳥のこゑの墓原

香りたつ栄螺の腸を巻きとりてふつと誰かを許したくなる

雑踏にまぎれ消えゆく君の背をわが早春の遠景として

鳥の重みに揺れてゐる枝 どのやうに苦しむべきかわれはわからず

君の声も混じっているように思われて春の来るたび耳を澄ませる

ブラスバンドが同じところで間違ふを二人聞きをり春の三角州(デルタ)で

きみは温とく、あるいはきみは冷やけく病みびとわれのかたへにゐたり

安心といふのはかういふものだらうひとつの花にひとつのめしべ

父といふニコチンまみれの気まぐれは童女(うなゐ)の髪を指もて梳くも

湯の中に塩振りながら ブロッコリーお前程いさぎよき緑になれたら

さびしさは父のものなり水底(みなそこ)の泥擦り上げて真鯉浮かび来

春の日を家居せりけり擦れ違ふ人なくて曇りゆくわが面(おもて)

降りみだれみぎはに氷る雪よりも中空にてぞわれは消ぬべき

右半盲の母の視界の外に立ちミモザの花はあふれて咲けり

遠空に音なき雷が瞬きて人ひとり娶らんおののきを持つ

会えなくていいような気になりかけて春の枯れ葉にさし入れる足

婚姻のつめたくひかる虹のため足らざる色を持ち寄りにけり

ヒヤシンスの根の伸びゆくをみつめいる直線だけで書ける「正直」

釉薬を身体(からだ)に巻きて佇つごとし近づくわれをかすか怖れて

杉花粉に荒るるのどより朝まだき美しきあかき痰は出づるも

歌詠みの心は憎し君の詠む女はわれを超ゆわれを消す

春霞山は新たな教科書の匂いのように横たわるなり

髪あげてやや美しと思ふときひとと別れむ心定まる

月別アーカイブ


著者別アーカイブ