石川 美南のアーカイブ

窪地に湛へゐるくらきものより生まれ飛びたつぎらぎらひかる翅たち

春の日に柱の割るる響きにも心はゆらぐ病みてこもれば

夏草をからだの下に敷きながらねむり足(た)りたれば服濡れてをり

教科書の詩を読みながらどうしても唄ってしまう子がやり直す

屈折率ほどせいひくくみえながら水に沿(そ)うさまざまのはるの樹

病窓に下界を見れば辛うじて犬だとわかるかたちのゆらぎ

ゴリキーのいのち果てしはきのふにて今日は日食にこころいきほふ

ある時は小さき花瓶の側面(かたづら)にしみじみと日の飛び去るを見つ

逆立ちて視る風景よわたくしは芯まで熱き地球儀の脚

乳鉢のやさしき窪みに磨られいる硫酸銅や菫や血など

狩られては低き草生に身を伏せてかつがつ在るを鳥とおもふな

春の大気かぶりを振ってまぜかへすレトリーバーの毛脚ふかぶか

「ロバの耳」がたくさん落ちている穴へ私も落とす夕べの耳を

同年代そは幻よ春陽射すひと日を隔てたるゆゑひとり

わが乗れる山手線がうつりをり切手博物館の窓それぞれに

鳩時計鳴くを止(と)めしが鳩を闇に押しこめし如きこだはり残る

抑え難く感情の動く二日三日椅子に突き当り階に躓く

刈られたる男の髪の燃えつきて夜の集落に理髪店閉づ

あやまりにゆくとき地図にある橋は鷗の声にまみれてゐたり

顔といふからだのいちぶに自意識のすべてが集ふぶだうのやうに

さよならをあなたの声で聞きたくてあなたと出会う必要がある

愛すべき冥王星の小ささを誰も言はなくなりけり誰も

花の散る速度と競ひ音階をのぼりたりわが少女期のカノン

ムービングウォークの終りに溜まりたるはるのはなびら踏み越えてゆく

春の日のななめ懸垂ここからはひとりでいけと顔に降る花

叫喚の声なきこゑの空ゆくと空みつるさくら仰ぎつつをり

ふとからだ軽くなりたるゆふぐれをさくら樹が産み落とす花びら

メガバンク、メガバンクとぞ囁きて歯ならぬ桜咲き満つる国

はれやかな空調あればこの春の気配は消えてひとり来ている

夕ぐれは焼けたる階に人ありて硝子の屑を捨て落すかな

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