生沼 義朗


高橋元子/校歌にもうたはれてゐる松の木に松喰ひ虫の薬剤をうつ

高橋元子『インパラの群れ』(現代短歌社・2016年)


 

9月3日9月5日9月7日9月10日と4回にわたって(前回は休んでしまい申し訳ありません)学校教師の歌を取り上げたが、今回の掲出歌の作者高橋元子は公立高校の学校職員だった。学校教員の歌はよく見るが、教員を支える立場のいわば後方支援として学校事務を担当する職員の歌はあまり見覚えがない。

 

高橋は定年後の2009(平成21)年に大東文化大学オープンカレッジの短歌講座で作歌を始め、講師の外塚喬が代表を務める「朔日」に入会した。2015(平成27)年に「パブロフの犬」300首で第3回現代短歌社賞を受賞。現代短歌社賞は受賞作を歌集として出版するのが賞品になっており、受賞作を中心に編まれた歌集が『インパラの群れ』である。集題の『インパラの群れ』は、

 

 

インパラの群れのやうなる生徒らの朝の階段をかけのぼりゆく

 

 

から採られており、「躍動感に満ちた高校生の姿を、アフリカの草原を駆けるインパラと重ねあわせた一首から採ったもの」とあとがきにはある。

 

 

消防水利に指定されたるプールなり水を抜く日の連絡をする
走高跳(ハイジャン)の子の反らしたる背の中にカンナの花のあかあかと見ゆ
にはとりも備品であれば監査前に何度もなんども数を数へる
温暖化におもひおよべどこの冬の冷えこみ厳しボイラーを焚く
残されてトレースを描く子らのゐる窓の明るき製図室見上ぐ
新年度の職員名簿に加へるも削るもありてわれを削除す

 

 

『インパラの群れ』を読んでいると、学校職員の仕事は事務のデスクワークが中心だろうとは思いつつ、それ以外にも多岐にわたる職務があることがわかり、掲出歌もそのひとつだ。勤務校の校歌の歌詞にも詠み込まれている松の木が校庭に植わっている。その木が枯死でもしたら一大事なので、害虫である松食い虫を予防する薬剤を定期的に散布しているのだろう。「うつ」からは薬剤がアンプルかスポイト状の容器に入っていることも想像できる。

 

他の歌も、特に現業的な手触りのある歌にしばしば立ち止まる。1首目の「消防水利」とは消防活動を行う際の水利施設のことで、普通は消火栓や防火水槽を思い浮かべるが、河川や海・湖沼、井戸や下水道なども含まれる。消防水利の設置指定と維持管理は市町村が行うので公立学校のプールも指定されるのだろう。ゆえに、水を抜く場合は事前に担当者に連絡する必要がある。2首目は農業高校に勤務していたときの歌で、そこではおそらく実習のために飼っている鶏も予算で購入した備品なのである。他にも暖房のボイラーを焚く、予算を組んで備品を購入する、受験に関する事務を行うなど、授業や生徒指導以外の仕事はすべて行っているのではないかと思えるほどだ。

 

前回の野村まさこの歌には、至近距離から濃密に描かれた生徒のリアルと教師のリアルがあった。一方で学校職員は生徒に直接接することは少ないはずで、高橋の歌に描かれる仕事や生徒にももちろんリアルはあるが、一定の距離感をもって対象が捉えられ描かれる。これは比較の問題ではなく、職種による立ち位置の違いである。しかし一定の距離感があっても高橋の観察眼がたしかなことには変わりがない。その観察眼が素材のめずらしさを超えた説得力を作品にもたらしている。