吉野 裕之のアーカイブ

印章を売る店すぎてわれと子は思い思いの夕焼けに遭う

新宿駅西口コインロッカーの中のひとつは海の音する

玄関にセールスマンが立ちしときたちまち対する外部と内部

妻は妻のかなしみをもて家中に花かざりゆく雨の日曜日

みどりごは鳥の形態(かたち)に腕ひろげ飛ぶと見えしがねむりゆくなり

坂の上に桜揺れおりうっすらと眠りが坂よりおりてくるなり

午後三時県境に雲影(エコー)あらはれて丹波太郎はいま生まれたる

前よりはきたらず後より追いついて追い越されゆく齢とおもう

枯れ色にもう抗わぬ冬の街に赤信号は明滅しおり

淋しさは壊してしまえ生牡蠣(なまがき)に檸檬をしぼるその力もて

陸橋に棄てられてゐる虹色の買物袋風はらみをり

拾ひたる落葉は星にかくも似て一つの旅をわれは終へたり

匂ひ鋭(と)く熟(う)るる果実をわが割(さ)くをまどろみのなか夢に見てゐつ

蜂蜜にカリンの輪切り五つ六つ浮かせて風邪を待つごとくゐる

吊り橋と吊り橋をゆく人々の影うつしゐる秋の川底

たぶの樹を見に行つたらしい 暮れがたの二階の気配失せてしばらく

梢(うれ)たかく辛夷の花芽ひかり放ちまだ見ぬ乳房われは恋ふるも

忘られし帽子のごとく置かれあり畳の上の晩夏のひかり

床屋よりもどりて夕刊読む夫のにわかに齢(よわい)かたぶくうなじ

塀の上を過ぎゆく猫に見られつつストッキングに片足とほす

初心者の衒(てらい)にあらむこそこそとメガネのレンズふく昼さがり

百千体じぐざぐに並ぶ石仏のかたぶきしまま夜は眠らむか

地下街をキックボードで滑りゆくみずがね色の猫やなぎたち

一昔前のやうなる水村(すいそん)をバスより見をり旅にあらねど

幼子は幼子をふと見返りぬふたつ家族のすれ違ふとき

たましひが躰のなかで泪する しづかにひととき泣かせてやりぬ

午後四時の地下鉄に誰もまどろみて都市の腸(はらわた)しづかに傷(いた)む

地球は洋梨の形であると書かれをり うふふふふふと読みつつ笑ふ

夏草のくさむらふかく住む母のポストにま白な封書きている

少年はいつもむきだし 天からの手紙に濡るるその眉と肩

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