澤村 斉美のアーカイブ

月光の溜る机上に脚すこし開きてコンパス泳ぎはじめる

オレンジの切り口あかるき朝の卓遠くで鹿が角を切られる

くちなはの水を切りゆくすばやさをちらと見しより心やぶれぬ

溜められし雨水に残る死のにおい凡庸のわが庭に撒かるる

戸棚よりコーヒーカップ取り出しぬそつと世界のどこかに置かむと

微生物ひきつれ弥陀はたたなづく青垣を越ゆしたしたと越ゆ

夜の更くるお茶の水橋の下びには人面(じんめん)なして葛の葉が吹く

ひるがほのかなたから来る風鳴りが銀の車輛となる夏の駅

底ごもる地下鉄の音過ぎゆくを跨ぎて暗しわれの家路は

横にいてこうして座っているだけで輪唱をするあまた素粒子

哲学を卒(を)へしこころの青々と五月、机上に風ふきわたる

どこへも届かぬ言葉のやうに自転車は夏の反射の中にまぎれつ

この母に置いてゆかれるこの世にはそろりそろりと鳶尾(いちはつ)が咲く

初夏の陽に青みてうかぶ種痘あとわれをつくりし父母かなし

遠くに立っていただいたのはよく視たいからだったのに しずかな径で

君思ひ窓によりつつ牛乳(ちゝ)を飲むうすあたたかき日光を吸ふ

母性とふ地下水脈のみつからぬ身体にまぼろしのリュート抱きしむ

門扉までのタイルに溜る雨みずにそそぎてゆるき春の雨脚

咲く花が群葉(むらは)の青を混へつつ濁りゆく日よ 父と呼ばれて

不実なる手紙いれてもわが街のポストは指を嚙んだりしない

桜花なべてさかしまに咲く池の面(も)に笑顔いくつか泣き顔となる

月光の夜ふけをつんと雪に立つ蓬(よもぎ)のこゑを聴きし者なし

りすが駆け抜けた気がして夜明けまで三校を見つ  l(エル)一つ消す

風ゆきつもどりつ幌を鳴らすたび四月闌けゆく三月書房

浮彫(レリーフ)の校歌に夕のひかり射し家族は見上ぐ投票に来て

〝夕やみ〟と呼ばれてわれは振りかへる雑踏のなか探す目をして

雲雀啼く春の野にきてくぐもれるこころはひたに延びむとするも

福島弁を呑み込みて我はバスに乗る砂埃きらきらと光る朝なり

うつたうしき気分の父とカバを見るカバは目つむる花降るときを

家々に釘の芽しずみ神御衣(かむみそ)のごとくひろがる桜花かな

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