棚木 恒寿のアーカイブ

雨ゆゑにブルドーザーが休む日の地表いまだけ本音のにほひ

妬心を鎮めゐたれば家並より炬火(きよくわ)のやうなる月のぼりくる

白堊(チョーク)をばきゝとひゞかせ一つひく文字のあとより起るかなしみ

しらしらと老いのしら髪ぞ流れたる落葉の中のたそがれの川

たつぷりとみづ注ぎても焼けてゐる砂地かひとをまた恋ひてをり

かつと燃えるウヰスキイの夏ぞら 弱々とたかくのぼらぬ煙突のけむり

わが泣くを少女等きかば/病犬の/月に吠ゆるに似たりといふらむ

暴風雨(しけ)あとの磯に日は冴ゆなにものに驚かされて犬永う鳴く

樹(き)によりて物を思ひぬ、君去りて朽葉しづかに匂ふ秋の日。

水槽の魚運ばるるしづけさを車中におもへばたれも裸体なり

校庭に水木見上げて立ちおれば事務長が来て水木見ずゆく

人間を休みてこもりゐる一日見て見ぬふりの庭の山茶花

鳩の咽喉腫れしゆうべは西空の奥ふかくあかあかとにじむ夕映え

桐のはな医院のうらにほのみえてやわなるものをおもう ゆうぐれ

春の日の男の喉に球根のような突起は光りていたり

水の面を出でこし鴨の歩きやう彼の水掻きの色に感じのあり

月足らずで生まれたらしい弟を補うようにつきのひかりは

凍死せし犬蹴とばせば木のごとき音を放ちて雪にうづもる

手袋の指が充血したるまま捨てられてゐて舗道かがやく

ともすればかろきねたみのきざし来る日かなかなしくものなど縫はむ

唐突に物干し竿は現れて隣家に人が住み始めたり

冷や奴の白き四つ角曲がりきて堂々めぐりに日の暮れてゆく

にんげんはそう簡単には死なぬゆえ桜の下に祖母を立たしむ

背中だけ見せて寝ている村の井戸を汚したせいで帰れぬ人が

自転車の銀の車体にこびりつく昼のひかりは泡のごとしも

こよひはたれが逝く斑鳩の参道をまっすぐに来る無人の自転車

ひつそりと濡れしガーゼが垂れてをり百葉箱の闇を開けば

とよめきて悶すぎたる胸の野やたのしき鳥と眠は来ぬる

すでにして階下ゆふぐれ縹いろ跣(すあし)つまさきそとさし入れて

ドアを出(い)ず、――/秋風の街へ、/ぱつと開けたる巨人の口に飛び入るごとく。

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