前田康子のアーカイブ

君がふと振り返りしを夜の駅の窓にかくれてわれは見てゐつ

花々に埋もれてわれも風のなき柩のなかにひと世終へんか

つくづくと君男なりいち早くカワセミ見つける動体視力

プリントを授業で配るそれだけでありがとうを言う子供らがいる

たて笛に遠すぎる穴があつたでせう さういふ感じに何かがとほい

老眼鏡掛くれば延びる生命線このさびしさに慣れねばならぬ

昼どきになればスパナも錆捻子も散らかせるまま飯くひにゆく

敷くためにあらずからだをくるむための白きシーツをときどきおもふ

でで蟲の身は痩せこけて肩書の殻のみなるを負へる我はも

夕がたの日影(ひかげ)うつくしき若草(わかくさ)野(の)体(からだ)ひかりて飛び立つ蛙等(かはづら)

狂うことなくなりてより時計への愛着もまた薄れゆきしか

十六歳の君の写真が見下ろすは柩に眠る十八歳の君

常通る汽車の火の粉に焼けたりし露草の花曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の花

過去形を使った文を作らせて母の亡きこといまさらに知る

大川にあと白浪の春立ちて名探偵もねぶたかりけり

人去りし公衆便所の白きドア 開きたるまま日の暮れてゆく

空高く手を 人体はみづからの腋下に口をつけえぬかたち

何ひとつたくはへ持たぬ鳥の群身ひとつにて北へ飛び立つ

ブロッコリーの花を咲かせて生けている米寿の母のふしぎひろがる

散髪を終へたる頭持ち歩き何かひらめく寸前にあり

かげろうの卵にも似て街灯はわれらの帰る場所へつづけり

置時計よりも静かに父がいる春のみぞれのふるゆうまぐれ

死は意外に靜かなるものとその妻に言ひのこしたり醫として生きて

そうやって誰もがいなくなる夜をコップの底のように過ごした

わが顔に夜空の星のごときもの老人斑を悲しまず見よ

いちまいの紙切れのごとく置かれある日影をけさの幸と見ん

銀のビーズつなぎてゐたる雪の夜の初潮のごとく死はふいにくる

老いてなほ気どりて来るは我のみか白髪頭にデニムのいで立ち

地球ごと電源が落ち液晶といふ液晶が鏡に変はる

「このシーン雨降らせよう」と監督そんな感じだ結句の雨は

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