前田康子のアーカイブ

卵焼き上手にできてわつはつはつ一人笑ひのこころ謎めく

薄れゆく記憶のひとつ 雨の日は算盤の玉が重かつたこと

病院のゆかに眠れずをりをりに覗く夫も眼あけゐし

虫籠のやうな肋骨わたしにもありて夜々こほろぎが鳴く

筆圧を等分にして書かれたる君の手紙は白を深めつつ

父母がつけたるならん次々に名を呼ばれ氷上に出で来る選手

除染とて地の面までも剥がれつつ見る見る町が無くなりそうな

百キロで走ってごらん掌を出せば触るる空気は乳房の如し

ハートには尖るところと凹むところひとつずつあり今凹むところ

無人野菜売場に小さき筍が男雛女雛のごとくに置かる

鞍馬山歌の石とは知りながら君仮初めに住むここちする

わが胎より出でたる者を何(なに)のそのと妻はためらはず子供の日記読む

眼と心をひとすじつなぐ道があり夕鵙(ゆうもず)などもそこを通りぬ

いつにても顔の高さに海音のありて明るし寂し療園

この町の見知らぬ人と一本の大根の上下分け合ひ暮らす

まるまるとまるめまるめよわが心まん丸丸く丸くまん丸

生きて来てふっと笑いぬ今正午百合ケ丘は坂ばかりある町

灰色の蛇腹が延びて搭乗を待つ旅客機の腰にふれたり

ハンカチを泪のために使ふことなくなりて小さき菓子など包む

現役を退(ひ)いていながら役職の順につづきぬ焼香の列

消火器の肩のあたりを拭きながらいつしかわれの肩と思いぬ

ふうふうと父ふくらますならねどもふうふうとその手をあたたむる

腕時計を見る癖が出来真夜中の湯船の中で左手を見る  

われに似るさが持つ者をはぐくめる妻をひそかに懀みゐるなり

アパートの二階に人の帰りきて灯すとき窓の氷柱(つらら)もともる

われといふお試し品のクレヨンで神は世界をぐるぐる描く

選挙あれば夫婦の顔してわたしたち幸せさうに投票へ行く

鮭の死を米で包んでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい

突き出して眼下ににゅっと視野ふさぐコブハクチョウのコブとはなにか

君ならぬ車つれなう門(かど)すぎてこの日も暮れぬ南河内(みなみかはち)に

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