江戸 雪のアーカイブ

秋空は高かりき青かりき広かりき昔昔のさらなる昔

戦(たたかひ)にゆきてかへらぬ人思へばわが身にこもり濃(こ)き秋のはな

蒼穹の深さに澄めるみづうみよ仰ぎし人をわれは失ふ

子と入らん未来のあをさ月光(つきかげ)に乳(ち)の匂ひあるブラウスを干す

真剣に聞くとき自分をぼくという君の背筋のあたたかい月

きみとわが頒かつこころのきれぎれをさびしく微笑(えみ)ている窓がある

君が火を打てばいちめん火の海となるのであらう枯野だ俺は

火照る肉と痛みの腸(わた)を脱ぐがよし姉よ花野へ発つ時刻なる

いさかひの声よりさびし弟と姉の口笛とほくに揃ふ

君よたとへば千年先の約束のやうに積乱雲が美しい

はまゆふのそよがぬ闇に汝を抱き盗人のごと汗ばみにけり

膝がしら並べていたねゆるしあう術もないまま蝶を飛ばせて

いつの世か会ふといへども顔も見ず訣れしゆゑに吾子とわからじ

あなたとふ存在を愛で秋の陽の黄金(くがね)をも賞で陸(くが)澄み渡る

輪郭があいまいとなりあぶら身の溶けゆくものを女(をみな)とぞいふ

ここにただ仰ぎてゐたり青空を剥がれつづける場所の記憶を

もうずっとそこにあるような雰囲気で子の顔の真中に置かれしめがね

「好きだつた」と聞きし小説を夜半に読むひとつまなざしをわが内に置き

横抱きにしてベッドまで運ぶ母野菜に近き軽さなりけり

トンネルをいくつも抜けて会いにゆく何度も生まれ直して私は

雨だから迎えに来てって言ったのに傘も差さず裸足で来やがって

言い訳はしないましてやきみのせいにしないわたしが行く場所のこと

すがすがとすこしさびしく今日は白露 母の伸びたる白髪切るらむ

野イバラが素足に痛くて今きみをみたら泣いてしまうなきっと

木の匂いする言葉かな今君がわが耳近くささやきたるは

我のみが知る記念日は数ありてそのたびひとりのさびしさに気付く

男(お)の幼なわが膝に顔を打ち伏せてしばらく居たり何をも言わず

きみが父となる日の暮れの灰色の魚とおもうわがひだりうで

いとけなく泣きて帰りし裏の辻今病む父を尋ねゆく道

わが額にかそか触るるはわが髪にあらねはるけき岬(さき)に潮(しお)鳴る

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