江戸 雪のアーカイブ

水族館(アカリウム)にタカアシガニを見てゐしはいつか誰かの子を生む器(うつは)

日々われらやさしき嘘と嘘にてもよきやさしさにまみれて過ぐす

月も日も吾等が爲の光ぞといひてし日より天地を知る

かのときのなつくさはらをかけぬけし風がうそぶく――さんさしおん

ヘヴンリー・ブルー 花であり世界でありわたくしであり まざりあう青

ああ僕を誰の代はりにして君は抱かるる朝の葉月の茘枝(れいし)

十二月八日といふ日つねの如朝の散歩の途次の思ひに

いつさいを告げたくきみと逢ふ街に初夏の陽ざしの匂ひうづまく

子のゐない夫婦(われら)はしづかな火を焚きぬオカメインコにチャオと名づけて

夏ゼミの鳴き声達者七つ時うちで育ちし蟬と思えば

ゆうぐれの電車静かにポイントを渡る今からおまえが好きだ

ダライ・ラマ帰るなき夏の宮殿に咲き盛る僧衣に似たる緋の花

折々の母老いしむる「ありがとね」その不可思議な響きのにがさ

万緑に隧道(トンネル)ふかく穿たれてあばら骨愛しぬきたる闇

遠いドアひらけば真夏 沈みゆく思ひのためにする黙秘あり

かなかなやわれを残りの時間ごと欲しと言いける声の寂しさ

一片の空にこと足りてあり経れば切切と君の手紙は届く

男ゆゑ男への恋が実らずと高校生が保健室で泣く

蜩(ひぐらし)の声あるごとし山のにほひあるごとし心しづめがたしも

会えるとは思わなかった 夏が麻痺してゆく船の倉庫のかげで

無縁なるものの優しさ持ち合ひて草食む牛とわれとの日昏れ

愛を告げすぎて不安になるこころあまたなるゆすらうめの実のゆれ

ともにゐてかなしいときにかなしいと言はせて呉れるひとはゐますか

君こそ淋しがらんか ひまわりのずばぬけて明るいあのさびしさに

いちまいの皮膚にほかならない皮膚を引き裂くほどに愛してもみた

わが生まむ女童はまばたきひとつせず薔薇見れば薔薇のその花の上に

ひるがほは火傷のやうにひらき出づこの叢(くさむら)にあなたは笑ふ

立ち上がりわが手に縋る柔らかき母がてのひら息子を忘る

われよりも平熱低きことを知る眠れる首にそっと触れれば

ゆふがほのひかり一滴露けくて永遠(とは)にわれより若き恋人

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