黒瀬 珂瀾のアーカイブ

思ひ屈してゐたるわが身は立ち上り食ととのへむ籠さげて出づ

残党を狩るごとく口腔内のフォワグラ舌で拭ひたりけり

干し網は白く芝生にうたれつつ輝く時のいまは過ぎゆく

しづけさは座卓のしたのゆふぐれの猫のぬくもり右腿に添ふ

蒲団より片手を出して苦しみを表現しておれば母に踏まれつ

こんなにも赤いものかと昇る日を両手に受けて嗅いでみた

口にしないすべてのことを受けとめるようにシチューが並ぶ食卓

知る人ぞ知る体温として残れかし辞書への赤字を日々に重ねて

山岸に、昼を 地(ヂ)虫の鳴き満ちて、このしづけさに 身はつかれたり

泡立てて体擦(す)りつつほとほとに飽けりからだは鍋より大き

歪形(わいけい)歯車の かんまんなきざみの意志たちの冷静なかみあいの、──この地球のこのおもいおもい午後

いつのとき遂げんひそかなる冬の旅花しげき三椏を幻として

夜半の湯に肉塊のわれしづむとも地球はうかぶくらき宇宙に

肩を落し去りゆく選手を見守りぬわが精神の遠景として

列なりて入国審査待つ人らこの国の外にはみ出しながら

生きがたき世と思ふ夜半開きたる丘(きう)の言葉もやせがまんなる

こちらは雪になっているのを知らぬままひかりを放つ遠雷あなた

雪を落とすために震える黒い傘細部まで見よという声がする

人のをらぬ改札口を通り過ぎやうやく僕の無言劇果つ

歌棄(うたすつ)とう地名を知りぬ歌棄の地には如何なる月さしのぼる

校庭に脱ぎ捨てられたジャージ、靴、夢 一斉に朝になろうか

金あらば生くるに易き老後とぞ老後の後はそれでいいのか

腐食のことも慈雨に数へてあけぼのの寺院かほれる春の弱酸

風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける

昨夜(きぞ)の雪消えぬ尾根より風来たり言葉いくたび人に滅びし

ちちははの生の緒しぼむ寒き昼うどん煮る湯が噴きこぼれたり

「ぜんぶ好き」以外出口のない問いに「おっぱいです」で勝負して散れ

イヤフォンのコードに手繰るiPod nano わかさぎを釣る要領で

河豚刺しを皿より箸に剝がしおり弔辞少しく褒められて来て

ゲットーの四角い窓から降る雪をみているもうすぐ永遠に留守

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