前田康子のアーカイブ

抑留に働きし炭鉱のブカチャチャ炭弟が輸入せるとふ奇跡

八月のまひる音なき刻(とき)ありて瀑布のごとくかがやく階段

人に語ることならねども混葬の火中にひらきゆきしてのひら

安物のパズルのような隙間あり この家にあるいはわたしの中に

しびれ蔦河に流して鰐を狩る女らの上に月食の月

いつだつて蛍光灯に照らさるるわれは浅蜊の殻より暗し

カサブランカのひらきはじめた部屋のなか繋ぎ目のない時間を過ごす

けし、あやめ、かうほね、あふひ、ゆり、はちす、こがねひぐるま夏の七草

顔あげて川と気づけり明るさは思はぬ方よりきてしづかなり

忍ぶ軒端(のきば)に 瓢箪(ひようたん)は植ゑてな 置いてな 這(は)はせて生(な)らすな 心の連(つ)れて ひょひょらひょ ひょめくに

ひとりぼっちに働かされている洗濯機 思案してより反転をする

再開発のビル建設は進められ古びつつある仮設住居(かせつ)を囲む

ひと穴に一匹づつ待つ蟻地獄ベージュの砂をへこませてゐて

くらあい誰もゐない博物館大きなほとけさまがぼくをみつめてゐる

このごろの日暮れおもえば遠天を あじさいいろのふねながれゆく

臼歯ほどの消しゴムを取りに少年は小教室に戻りて来たり

ロベリアの青きが風と揉みあえり 巴御前は素手でたたかう

十年(とせ)前に断(き)りたる脚(あし)ふと見ま欲しく、訊(たづ)ぬれば、あでやかに笑ふ看護婦

亡き人の歌集を一日(ひとひ)ふた日読みつぎて思はぬところに幸(さきはひ)があり

たよりなく白いお前が本当に褐色のあの蝉になるのか

眼の悪き富榮が太宰に命じられ眼鏡はづして歩む三鷹は

髪切虫籠に鳴かせて少年の日を脱けんとす我も我が子も

夕映えに見つめられつつ手首という首をつめたき水に浸せり

歳月の蛇腹一瞬ちぢみたりちひさなちひさな新生児見る

ひと一人おもひ初めたり行く道はうすももいろにひるがほの花

車椅子同志のあいさつは体を横にふることで足る

今宵また長く鳴りいる魔法瓶ふいに亡き鳥恋しかりけり

頭ぶつけ胃はおどるとも砂漠ゆくバスはうしろがいちばん落ちつく

みちのべに埃(ほこり)をあびてしげる草秋は穂に出(で)て名はあるものを

一日が過ぎれば一日減つてゆくきみとの時間 もうすぐ夏至だ

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