江戸 雪のアーカイブ

カ行音躓(つまず)くあなたの吃音に交叉している山の水音

墓石の名前をみればいまさらにこの世に在りて死にて居らざり

乾いてる春をかわして行く君はさよならのときも振り返らない

死がすこし怖い 妻との黄昏は無数の鳥のこゑの墓原

雑踏にまぎれ消えゆく君の背をわが早春の遠景として

君の声も混じっているように思われて春の来るたび耳を澄ませる

きみは温とく、あるいはきみは冷やけく病みびとわれのかたへにゐたり

父といふニコチンまみれの気まぐれは童女(うなゐ)の髪を指もて梳くも

さびしさは父のものなり水底(みなそこ)の泥擦り上げて真鯉浮かび来

降りみだれみぎはに氷る雪よりも中空にてぞわれは消ぬべき

遠空に音なき雷が瞬きて人ひとり娶らんおののきを持つ

婚姻のつめたくひかる虹のため足らざる色を持ち寄りにけり

釉薬を身体(からだ)に巻きて佇つごとし近づくわれをかすか怖れて

歌詠みの心は憎し君の詠む女はわれを超ゆわれを消す

髪あげてやや美しと思ふときひとと別れむ心定まる

逢ひたいと思ふ、思へば昼も夜も緋の澱を手に掬ふきさらぎ

どこでもないところへゆきたい あなたでなければならないひとと

灯消し稚き妻が息づきぬ窓の外に満ちし冬の月光

かなしくも恋と知る日はかたみにも悔いて別るる二人なるべき

脱ぎ捨てた服のかたちに疲れても俺が求めるお前にはなるな

恨みの数つもりて老いは苦しきにいにしへびとは太鼓打ちたり

銜(くは)へ来し小枝はくちばしより落ちぬ改札を抜け君に笑むとき

甘えたき気持ち悟られまいとしてイルカのやうな明るさを見す

単純でいて単純でいてそばにいて単純でいてそばにいて

かかる深き空より来たる冬日ざし得がたきひとよかちえし今も

ゆるやかに櫂を木陰によせてゆく明日は逢えない日々のはじまり

こうやって子供を好きになってゆくのだろう青に変わるまでの信号

世に別れ去りたる人よ 目に見ゆる近き他界として空はあり

冬の朝つめたき陶となる髪に従容と来てひとは唇触る

なだれこむ青空、あなた、舌の根をせつなくおさえこまれるままに

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