中津 昌子のアーカイブ

散りそうに襟は揺れたり風ばかり渡りゆく橋ひとり越ゆれば

伜なる俺をときをり忘れをり忘れられしは涼しもたらちね

お笑いの画面を消しておもむろに笑わぬ前の顔に戻しぬ

薄明のままに明けない日のやうに卵の殻のやはらかな白

見えぬものを遠くのぞみて歩むとき人の両腕しづかなるかな

いつも君は犬に好かれき見知らざる犬さへ千切れんばかり尾振りき

なまなかな情けかけられ情けなくなりたる身体(からだ)湯に沈めゐつ

木のこゑと風のこゑとがまじりあふ秋の硝子を磨きてをれば

さかんなる火事に見ほるるわが顔を夢にみてをり何燃えてゐむ

「どこにゆくのだどこにゆくのだ」走ろうとしても砂漠は許してくれぬ

我が手相見つつおどろき言わざりし人は何見しはやばや逝きし

日だまりの石ころのやうにしみじみと外勤の午後のバスを待つ

ひとみ冴えてわれ銀河へと流れこむ両手(りやうて)をひろげてひとりは重し

秋風(しうふう)に思ひ屈することあれど天(あめ)なるや若き麒麟の面(つら)

曖昧なることばに輕く手をあげて昭和天皇いづくにゆきしや

うつぶせに眠る娘の背に落ちて月のひかりはまだ新しい

ポケットに電球を入れ街にゆく寸分違はぬものを買ふため

名殘(なごり)とはかくのごときか鹽からき魚の眼玉をねぶり居りける

育ちては何の記憶もなからめど時にはわれも押すベビーカー

平原にぽつんぽつんとあることの泣きたいような男の乳首

話すほどねぢ曲がつてゆくさきゆきのあきらかなれど受話器を置けず

のんきさうに雲が通ると見てをればほとほとのんきな人とぞいはる

一袋の苗を抱へて過ぐるときいつせいに木々の視線は降り来

パブロ・ピカソさんらんとして地に死ぬをありあけの馬は見て忘れけむ

少年期のわが虐待を逃れ来し蝶かも知れずこの襤褸の蝶

仕事場の/小さい窓から覗かれる/灰色の空が自分の心だ

コスモスを見てゐるのではなかつたと揺るるコスモス見ながら気づく

七回忌の姑(はは)夢に来て機嫌よしなぜか私も死にたくなりぬ

睡りゐる麒麟の夢はその首の高みにあらむあけぼのの月

空間に半開きの扉(と)のある夢を怖れて時に現実(うつつ)に見たり

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